お嬢様。この私が、“悪役令嬢”にして差し上げます。《追憶編》
メルは、穏やかに微笑んだ。
彼女の涙を拭こうとするものの、自身の姿を見下ろして苦笑する。
「すみません。こんなに濡れては、ハンカチ代わりにもなりませんね。」
「い、いいの。来てくれただけで嬉しい。」
初めて笑い合った二人。
通り雨の後に、雲間から綺麗な月が顔を覗かせている。
雨はもう上がっていた。
「メル、傘を持ってなかったの?ルーゼント家を出た時にはもう降ってたでしょ?」
濡れた髪をかきあげるメルに、そう尋ねたダンレッド。
メルは、ぱちり、と瞬きをした後、少し恥ずかしそうにぽつり、と呟いた。
「…忘れてた…お嬢様のことしか、頭になくて…」
ぷはっ!と吹き出すダンレッド。
完璧だと思っていた相棒は、大切な彼女のことになるとまるで別人なのだ。
ルシアは、自分の安否だけを考えてパーティーを飛び出してきた彼がひどく愛しく思えた。
きっと、それは執事に対する感情とは少し違う。名をつけることなんてできない儚い想いを、ルシアはそっと胸に抱いた。