彼の考えていたことを知ることはできない
涼太の家に着くと、彼女は電灯の裏から脚立を持ってきた。先に来て準備をしていたらしい。
僕はずっと考えていたことを口にする。

「僕、やっぱり侵入はできません。万一気が付かれたら、親御さんに怖い思いをさせてしまうから」

彼女はふっと笑って、そうだよねと言って僕を見つめた。

「お母さん独り暮らしだし怖い思いはさせたくないよね。ごめん、やっぱりやめよう」

僕に背を向けようとする彼女を呼び止める。
この人はきっと涼太から親が離婚していることを聞いている。
そのことが何故か僕を苛立たせ、一方で嬉しくさせた。

「いや、そうじゃなくて僕は玄関から入ります。窓からあなたが入るのを手助けします。その方がリスクは少ないかな、と」

「……私も入るの?」

きっと入ること自体に怯えている訳ではない。
何が待っているのか分からなくて不安なのだと思った。

「あなたも見たいでしょ、涼太の部屋。まさか本当に僕だけ犯罪に手を染めろとは言わないですよね?」

慣れない冗談に自信はなかった。
彼女は一瞬ぽかんとしたが、すぐに笑ってくれた。

「ありがとう」

僕は脚立を二階にある涼太の部屋に届くようセッティングして、彼女を茂みの裏に隠れさせて玄関に向かった。
インターホンを押すと、涼太の母親がびっくりした顔で出てきた。

「夜分遅くにすみません。ほんとに急で申し訳ないんですけど、涼太に貸したCDを探したくて……部屋に入らせてもらえませんか」

何も葬儀の翌日の夜中に来なくてもいいだろうと断られてもおかしくないと思ったが、涼太の母親は快く入れてくれた。

僕が涼太の死に罪悪感を背負っていると思ったのかも知れない。
きっと僕と同じ状況で、彼女がここに来ても同じように入れてくれたはずだ。

「ここが涼太の部屋だから。ごゆっくり」

なんだかんだいつも僕の部屋に集まっていたから、涼太の部屋に入るのは初めてだった。

部屋に入ると、床に散らばった服やCDに苦笑する。
お前、彼女にこの状況見られていいのか?と考えてから、あぁ死ぬなんて思ってなかったんだなと思った。
当然のようにここに帰ってきて、いつもと同じように過ごすはずだったんだ。

そう思うと涙が溢れそうになったが、目的を思い出して両頬を叩いた。
僕は、床に落ちていた洋楽のCDを拾って鞄に無造作にいれた。

「窓開けますよ」とメッセージを送って窓を開けた。
暗闇の中に微かに彼女が見える。僕は脚立を押さえて、彼女が上ってくるのを待った。
ありがとう、と口だけ動かして彼女は部屋にそっと上がった。

僕が階段を上ってくる音に気を付けている間、彼女はそっと彼の机の引き出しやら本棚やらを触って探している。
おそらく涼太が生きていたら物凄い引くだろうなと思ったが、彼女もそんなことは分かっているようで、目的の物以外は全てスルーしていた。

「ない……」

彼女が吐息のようにそう呟くと、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。
僕は彼女を押し入れに押し込むと階段の方へ目を向けた。

「探してるCDはあった?」

「あ、はい。さっき見つけて、ほんとつい先ほど」

あわあわと返事をする僕の様子には疑問も抱いていないようで、涼太の母親はお茶のペットボトルを僕に握らせた。

「涼太って、彼女はいなかったのかしら」

「え、うーん、どうですかね。僕、そういう話はしなかったので……」

胸がチクリと痛む。
押し入れからは何の音もしなかったが、彼女もこの話を聞いているだろう。

「いるなら、連絡しなきゃと思ったんだけどそういうこと全然話さない子だから。あ、これ、涼太の形見にもらってやってくれないかな」

そう言って黒い巾着を渡され、いらないのは置いていっていいからねと言い残して涼太の母親は部屋を出た。
僕は階段をおりる音を聞きながら無言で押し入れを開けた。

そして押し入れから出てきた彼女に、その黒い巾着を開けて渡した。
巾着に手を入れると、彼女の目が急に涙でにじんだ。

そして、その手にはシルバーのバングルが握られていた。
「他も形見にもらっていいって」と小声で伝えるが、彼女はかぶりを振った。

「これだけあればいいの」

彼女はそう言ってバングルを大事そうに抱き締めてから部屋を見渡して、飾ってある笑う彼の写真をゆっくりと指で撫でた。

実際に、彼女は涼太の頬を撫でたことがあるのだろうなと思った。
涼太も、彼女に触れたのだろうか。
そんなことを考えて、頬の感触さえ知らない僕は彼女よりもっと他人だったのではないかと不安になった。

「私、先に出ないとね」と彼女は窓を開けてゆっくりと降りていった。
僕は一人残された部屋でどこに向けてという訳でもなく深くお辞儀をして、階段をおりた。

「すみません、ひとつだけもらいました」
と声をかけて、涼太の母親に巾着を返す。

「あ、裕行君。涼太、最後にね……」
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