彼の考えていたことを知ることはできない
「お待たせしました」

そう呼び掛けると、彼女はぺこりと軽くお辞儀をした。

「本当にありがとう、迷惑かけてすみませんでした」

駅前の公園に差し掛かると、彼女は深々と頭を下げた。

「そこでちょっと話しませんか」

僕たちは公園のブランコに腰かけた。
夜はさすがに気温が下がっていて、吐いた息が微かに白くなった。
近くの自動販売機でホットコーヒーを二つ買って、一つを彼女に差し出した。

「実は僕、あることを思い出して」

彼女は缶を受け取りながら、不思議そうな顔をした。

「涼太って彼女の話とかそういうのしない奴なんですけど、半年くらい前にそのバングルを落としたことがあって。すごい血相変えて探したんですよね」

それまで穏やかだった彼女の顔がくしゃりと歪んだ。
どういう感情なのか分かる気がして、少し苛立つ気持ちが混じる。
それでも、伝えたかった。

「あいつ、割りと無頓着なんで気になってたんですけど、あなたとお揃いだったからなのかなって」

彼女を見ると、彼女の頬を涙が伝っていった。

「最後まであなたのことを思ってたんじゃないかなって」

彼女は大きくかぶりを振って泣き崩れた。

僕は彼女の前で立ち尽くすことしかできなかった。
彼女の震える肩を支えるには自分はとても無力に思えて。

「私たち、別れてたの」

しばらく泣き叫んで疲れたのか、肩で息をしながら彼女はそう吐き捨てるように言った。
僕は何と声かければいいのか分からず、黙っていた。

「……元々、涼太君は恋愛より友人を優先するタイプで」

僕が涼太と遊んでいる間も、彼女はやきもきしていたに違いない。

「ごめんなさい」

「ううん、君のせいじゃないの。もちろん涼太君のせいでもない」

彼女は汚れたスカートを払いながら立ち上がった。
心もとない電灯の下でも彼女の腫れたまぶたが赤くなっていることが分かった。

「ただ、お互いの優先順位が違って、ケンカすることが多くなってて。あの日、最後に会って話したいって言って駅まで来てもらったの。でも、私は行かなかった」

彼女は僕を見上げて自嘲するように笑った。

「私が呼ばなければ、涼太君は死ななかったかも知れない」

僕は彼女の顔を覗き込んでゆっくりと口を開く。

「なんで……行かなかったんですか」

「会って話すのが急に怖くなったの。もう二度と話せなくなるなんて思わなかったから」

彼女の目からまた涙が溢れ出す。

「あなたのせいじゃないですよ。涼太は事故で亡くなったんだから」

僕はティッシュを差し出したが、彼女はかぶりを振った。
彼女の横に振った手に当たってティッシュがひらりと地面に落ちた。

「確かに私のせいじゃないかも知れない。……でも、一瞬、怖いことを考えたの」

僕はティッシュを拾おうと少し屈んだ状態で彼女を覗きこんだ。

「これで他の人のものにはならないんだって、ほんの少し安心した」

僕は両手で彼女を突き飛ばしていた。
ティッシュがまた地面に落ちたが、気にならなかった。
彼女はふらついて尻餅をついて、怯えたように僕を見上げたが、すぐに怯えはなくなり力なく笑った。

「最低な人間なの。本当にごめんなさい」

僕はその言葉をそのまま受けとめて憤っている訳ではないと、心の奥底では分かっていた。

僕は何に怒っているのか。
何故こんなにも、ずるくて羨ましいと思っているのか。

僕は彼女の両肩をつかんで目の前にしゃがみこんだ。

「ケンカが多くなっただけで別れようとは言われてないんですよね」

「う、うん」

「じゃあ、別れてないですね。というか、別れ話じゃなかったのかも」

やっと出てきた言葉は足元に落ちたようで、それを拾うように彼女は微かに頷いて僕を真っ直ぐ見つめた。

「でも、涼太君はきっと……」

「涼太が考えていたことを僕たちは知ることはもうできない、絶対に」

僕の言葉に、彼女が息をのむのが分かった。
僕も僕自身の言葉にハッとする。

「でも、僕らは生きてるから、生きなきゃいけないから、どう思ったっていいじゃないか。それが涼太の本心とは違ったって、自分の中で大事にして何が悪いんだよ。僕だって都合のいいように解釈して、親友でいいなんて、僕がこんな気持ちになったのはあいつだけなのに、親友が一番いいなんて、それをずるいなんて思いたくなくて、」

途中から涙が溢れて何を言いたいのか分からなくなる。

「君も、涼太君が大好きだったんだね」

「……どういう好きか、自分でも分かりません」

彼女が僕の頭を優しく撫でた。

「自分を責めなくていい」

そう言ったのは彼女か、僕か。

彼女が僕を抱き寄せて、僕は彼女を抱き締めて、二人で大声で泣いた。
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