あたしが髪を切ったわけ
 ふと、その視線がずれる。

 ん?なんだ、どこ見てるんだろ?

 侵入しかけた罪悪感がいっぺんに霧散。

 あたしの後ろ、後ろを見てる。

 振り返る。

 そこには窓があり、その向こうに校庭、それを取り囲む並木とネット、さらに向こうにコンビナートのある埋め立て地、港、海、その先に遠く港の対岸の街が広がり、そして……薄い山裾に今、太陽が沈もうとしていた。

 黒い大地のはしっこにぎらぎらと赤い光の塊が残っている。

 ほんのわずかなその光が美術室に残るあたしと奴を真っ赤に染め上げ、そして消えた。

 夜が空から降りてくる。

 うちの学校は港を見下ろす高台にあるので、そのパノラマはなかなかのものがあるのだ。

 うん、これはみんなの自慢。

 がさごそ背中のほうで気配が動くのに気付いて振り向く。

 奴が、いつのまにかF10ぐらいのスケッチブックを膝の上に広げ、そこら辺に散在している椅子に座って、一心不乱に何かを描いていた。

 ときおりちらりとこっちを見る目は真剣そのもの。
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