あたしが髪を切ったわけ
「うん、今、特設展示のほうにいるんじゃないかな。好きな画家の作品が来てるらしいからね。どう、立ってないで座ったら?」

「じゃあ」

 あたしは池森先輩の右側に、ちょんと座った。

 ふと、池森先輩の見ていた絵を見上げた。

 原色をたっぷり使った抽象画の大作で、200号ぐらいありそう。

 抽象画なんだけど、見た人をその場に引き込むパワーがある。抽象画にありがちな、人を跳ね除けるような純粋さやあっさりしたドライ感がなくって、すごく泥臭い感じがする。だれの作品なのだろう。

「あのさ」

 ぼーっと、絵と立ち止まったり過ぎ去ったりする人の流れを見ていると、左で、池森先輩が、独り言のようにぼそりと語りかけてきた。

 いったい、なんだ?

「伊良沢さん、今日は悪かったね。あいつとのデートにのこのこついて来てさ」ほんとだったら非常識だけど、どうせ、暇潰しだったから別にいいんだけどな、あやまんなくても。

「俺さ、あいつとは小さい頃からの付き合いでさ、あいつが俺のことを俺より詳しく知ってるように俺もあいつのことをあいつより知ってるんだ。だから判るんだ。あいつが君を好きだって事がね」

 へぇ・・・って、あたしのことか。いまいちピンと来ないな。
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