あたしが髪を切ったわけ
「なんだかさ」

「なに?」

 ぼけっと沖に停泊している貨物船を眺めていると、奴が話しかけてきた。奴のほうへ首を向ける。

 奴もこっちを見てた。

「なんだか、あのときからずっとこうしているみたいだね。随分前のことなのに、ついさっきのことみたい」

 奴も同じようなこと考えてたんだな。

「そうだね。なんだか時間が止まってたみたいだね」

 ちょっとの間、見詰め合う。

 なんとなく物欲しそうな表情。

 奴の唇がおいしそうに半開きで息衝いている。

 思わず食指が動きそうになるがぐっと我慢。そうそう人前で許してたまるか。

 じゃ、人前じゃなきゃいいのかってぇと。

 どうかな。
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