あたしが髪を切ったわけ
 気が付いたのは、1週間ほど間を置いて行ったときだった。

 最初の予定ではもうすぐ退院のはずだ。

 その日、あたしは自分のスケッチブックを抱えて、奴と会った。

 スケッチブックには、入院当初からの奴を描いたスケッチで埋まっていた。

 午後からの面会時間一杯を使って、2人で互いを描き合った。

 一通り描いてから互いに批評し合う。

 入院してから何回もやってることだ。

 これをやり出してあたしは初めて奴の絵というものを見た。

 奴の絵は、細い線で描く、繊細で微妙なタッチの精密画だ。

 あたしの髪の1本1本まで丁寧に描いてある。

 服の皺や模様も正確に丁寧に把握している。

 あたしも割りと精密画に近いけど、だいぶ線が太いし、形の取り方が大胆だ。

 物の面を重視して描いてるからだ。

 奴も確かに面で捕らえているけれど、その1つの面が点並みに小さいのだ。

 まるで見ているものをいつまでも正確に覚えておきたいっていう執念が感じられる。

 奴の絵の中に、あたしはもう1人のあたしを見付けることができた。
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