あたしが髪を切ったわけ
 そうだ、あたしは医者でもないんだから、これは単なる早とちりかもしれない。

 それでも不安は膨らんでいく。

 考えがどんどん悪いほうへ加速していく。

 わかってるけれど止めることができない。

 そうだ、こんなふうに痩せたのを見た事がある。

 だいぶ前だ。うちのおじいちゃん。

 入院して、いつの間にか痩せていって、そして、死んだ。

 おじいちゃんは、確か、癌だった。

 死と癌のイメージが頭の中の不安と混ざり、そのまま奴の顔に合わさる。痩せ細り、青白くなった奴の顔へ。

 そんなことって、そんなことってないよね、たぶん、勘違いだ。

 そうだ、そうに違いない。

 でも、去年も倒れて入院している。本人は完治したって言ってたけど。あの大きな縫合跡が気にかかる。

 もしも・・・

 そうだ、池森先輩なら何か知っているかもしれない。

 前に言ってたじゃないか。奴のことは知りたくないことまで知ってるって。

 知りたくないこと?

 知りたくないことって、なんだろ。

 だめだ。怖くてきけない。

 ほんとだったら、ほんとだったら、あたしはどうなってしまうかわからない。

 でも、何でもないかもしれない。

 どうしよう。

 不安と恐怖で胸が空っぽになって、あたしは眠れない一夜を過ごした。

 奴の容態が急変したのは、その翌朝だった。
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