あたしが髪を切ったわけ
 あれだけ取り乱したあたしは、奴の家族と看護婦に奴の上で嗚咽しているところを取り押さえられ、鎮静剤を打たれて、別の空き病室のベッドで寝かされた。

 あたしにはほとんど記憶が残ってない。

 なにかが全部抜けてしまったかのよう。

 遅れてきた池森先輩に送られて、家に帰ったのは覚えてる。

 結局、奴はあの後また意識がなくなった。

 あたしもあれ以来奴のとこへは行かなくなった。

 学校が始まり、あたしはなにかが吹っ切れたように絵の仕上げに取り掛かった。

 奴の病気は、池森先輩が教えてくれた。

 やはり癌で、最初の入院は日射病だったらしいが、検査の結果、大腸癌が発見されたのだと言う。

 比較的初期だったので、手術で切り取って完治したと思っていたら、どこかに転移していたらしい。

 転移の可能性がまだ在ることを本人も知っていたと言う。
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