一級建築士の甘い囁き~ツインソウルはお前だけ~妊娠・出産編
「あなたには悪いけど、親には親の、個人には個人の人生がある。だから私は私の人生に後悔はないわ」

母の言葉には納得するが、受け入れることは難しい。

萌音は頷きも否定もせずに黙って聞いていた。

「だけどね。子供を作った以上、親にはその子供を育てる義務がある。子供の人格形成には親からの影響が絶大だわ。だからこそ会話が、コミュニケーションが、必要だったのにね」

今さらそんなことを言い出すなんて、母に何があったのだろう?と萌音は逆に不安になった。

「この間ね、フランスの病院に入院したのよね」

結子の突然の告白に、思わず萌音は体を乗り出していた。

「えっ、大丈夫なの?」

「結果的にはだだの盲腸・・・虫垂炎だったんだけどね。痛みで倒れたときは死ぬかと思ったわ」

全然知らなかった。おそらく安輝も知らないだろう。

それほど萌音は結子とコミュニケーションをとっていなかったのだと改めて実感した。

今までの状況なら、大袈裟に言えば、結子がフランスで一人で亡くなっていても気付かずにいた可能性が高いと言える。

知ろうとしなければ、見ようとしなければ見なくてすむことがたくさんあるのだ。

「手術前に痛みに耐えているとき、私の頭に思い浮かんだのは、萌音ちゃん、あなたのことよ」

微笑む結子は母親の顔をしていた。

「大好きな絵画のことでも、フランスのおしゃれな街並みでもない。娘であるあなたのことが思い浮かんだの」

パスタをぐるぐるとフォークに巻き付ける母。

髪には数本の白髪が混じり、いくら若作りといっても、年を重ねているのだな、と萌音は思った。

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