かわいくて甘い後輩がグイグイ来る
花野井くんは男の子
ーー古岡サクラ、高校三年生。
我が高校の生徒会役員です。成績も上位をキープ。今日も業務を終えたのち、帰宅――……
「古岡せんぱいっ!」
完全に帰ろうとしていた私の耳に、元気のいい可愛らしい声が響いてくる。
「花野井くん」
文字だけだと、誰もが女の子だと勘違いしそうだ。
……いや、実際この子は、女の子のように可愛らしい顔立ちをしているし、性格も見ての通りなので当然のことだ。
一年、花野井千歳。萌え袖に、ヘアピン。
彼は、こんなにもかわいいのに、男の子なのだ。私と同じく生徒会役員で、私の後輩ということになる。
「花野井くんは今日もかわいいわね」
そう言ってクスッと笑ってみせる。
「えー、先輩もかわいいですよぉ」
……なんというか、甘えん坊の妹系後輩女子と話している気分だ。
「あら、ありがと」
「ねえ先輩、今日一緒に帰りましょうよ」
「え……花野井くん、帰り道の方向違うんじゃない?」
花野井くんとは帰り道で会ったことが一度もないからね。
「じゃあ僕、先輩のこと送っていきますよっ、結構暗いし」
……それはなんだか悪い気がする。それに、花野井くんは頼れる男の子というより逆に変質者に襲われる側に見える。
……そう考えると、花野井くんみたいな子を一人で帰らせる先輩ってどうなんだ……。
「いいのよ、花野井くん。私が花野井くんを送っていくわ」
「え、僕……?いやいや、僕はいいよ。先輩が一人で歩くと危ないから僕が送って行くの!」
「いやいやそんな」
「かわいい先輩を、暗い中一人で帰らせたくないんですよっ!」
そう言って膨れる。
……かわいい。言っていることはいかにもドキドキしそうな甘いセリフだけど、花野井くんがかわいすぎて全然頭に入らない。
「はいはい……でも本当に気をつけるのよ?私を送ったあとに誘拐されたりしないのよ!?」
「先輩……僕一応男なんですけどぉ……」
呆れたように言うけど、本当に説得力がない。「僕、男です」と堂々と言いたいんならまずその華奢な体と可愛い顔を何とかしなさいっ!!
……と、思った私だったが。
――今、彼が一応男子だということに気づかされている……。
「は、花野井くん……何かごめんね」
ここは帰りの地下鉄の中だ。この時間帯は帰宅ラッシュでなかなか混んでいる。捕まる吊り革もなくドアのすぐそばに押し付けられるようにして立っているけど、痛い思いをしないで済んでいるのは多分
今私に覆いかぶさるようにしてかばってくれている花野井くんのおかげだ。要するに、花野井くんは私より背が高いということ――……。
「いえいえ、全然!」
かわいい顔でにこにこ笑うので、狂いそうになっていた調子、ちょっとドキドキした気分がもとに戻った。
……やっぱり、かわいい後輩だ。
「でも……やっぱりちょっと狭いですね?」
突然耳元で囁かれて、ビクッとしてしまう。
「ほ、本当ね!帰宅ラッシュの時間だもんね」
……近い。近いんです。さっきも言ったように、花野井くんは私に覆いかぶさるようなかたちで立っている。
要するに、当然だけど花野井くんの体は私よりも大きい。
普段、あんなに可愛いから忘れちゃってたじゃない――……。
「……あれ?なんか先輩……汗、かいてないですか?」
「!?!?」
そう言って私の顔に手を触れる。
……わざとなのかしら!?花野井くん、普段より声低めに出してる……?これはもう、わざとからかっているのかしら!?
「あー、混んでいると、暑いのよね」
「そうですか……。早く降りられるといいんですけど」
「いいのよそんなの!」
「でも……先輩の降りる駅までまだ結構ありますよ?いくら地下鉄とはいえ……。次でいったん降りて休みます……?」
……私の家は、特にそんなに門限に厳しくない。だから、少しくらい遅れたって大丈夫。それに私は、花野井くんの可愛い顔が目の前に迫っていて困っている。
「……花野井くんが遅くなっちゃったら親御さんに申し訳ないわ」
「あ、大丈夫ですよ。少しくらいなら……」
「じゃあ……ごめんなさい、お言葉に甘えて少し……休みたいかも」
そう言って、火照った顔を冷やすべく今到着した駅で降りることにした。
「ふぅ……」
地下鉄から降りて、改札も抜けて少し、駅の外に出ていた。
風が冷たくて、私の心を正気に戻してくれるようだ。
――落ち着け、古岡サクラ……。あなたは花野井くんよりも2つ年上の先輩。優秀な生徒会役員……。そんな私が、花野井くんに下心を持ってどうするの――……
「せんぱいっ」
「ん」
ふと、花野井くんが横にいた。
「大丈夫……ですか?ぼーっとしてますけど」
「あ、ええ……。ごめんなさい、心配かけたわね。もう大丈夫よ。次の地下鉄に乗るか、バスで家まで帰れるわ」
「よかったです」
「花野井くん……ありがとうね」
「いえ」
……ところで……。花野井くんは、ここから先も送ってくれるつもりでいるのだろうか。もう随分と暗い。いくら男の子とはいえ、こんなにかわいい後輩をこんな夜に一人で帰らせるなんて――
「花野井くん」
「はい?」
「もう随分と暗いわ。これ以上暗くなる前に、花野井くんは自分の家路につくべきよ」
地下鉄の中で暑さに頭がやられて花野井くんは男の子なんだ――なんてのぼせ上がってはいたけど、実際この子は心配だ。
「いやいや……先輩の家までもまだ結構あるでしょ?先輩は女の子なんだから、大人しく送られてよ!」
また無邪気にそう言ってくれる。
「だめよ」
今度は惑わされない……!
「仮にも先輩という立場の人間として、後輩を暗い中送らせて一人で帰らせるなんて、どうかと思うわ」
花野井くん、お願いだから帰って――
「ふーん」
……花野井くんの、不機嫌そうな声が聞こえた。
「先輩は、先輩だから後輩の俺のことを心配してくれてるんですねぇ」
ひぃ……。なんか……いつもの花野井くんの笑顔じゃないような気がするんですが。
「それはそれは。ありがとうございます」
――ヒュッ。
目の前を何かが横切った。
――ダンッ。
「――先輩、俺のこと"かわいい"と思ってナメてませんか?」
花野井くんの綺麗な目が私を睨むように光っている。
ひえっ。
今、花野井くんの足が、壁に背中をつけている私の真横にある。
よ、要するに――『足ドン』?……いや、これも壁ドンか……。
ってそんなことはどうでもいいのです!!
「は、花野井くん……?あの……私……」
周りに人がいなかったことが、幸いだ。
「!?」
――唇に、柔らかい感触を覚えた。
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