人魚の涙〜マーメイド・ティア〜



蓮!お願いだから無事でいてくれ!



そんなことを思いながら俺は踏み付けた奴を放ってひたすら三番地に向けて走り出した。



いや、大丈夫だ。蓮はその辺の奴らに負けるような弱いやつじゃねぇ、そんなのは俺がよく、一番分かってんだよ。


…なのに


なんで胸騒ぎが収まらねぇんだよ!!



早く、一秒でも早く行かないとダメな気しかしねぇ。



「く、そっ…」



踏み付けたあいつから聞いた場所に着くなり俺は目を疑った



「お、おい…嘘だろ…」



燃えるような赤い髪が、泥のせいかくすんで荒々しくなかった



「っ!蓮!!!おま、何やってんだよ!!」



俺の目に映ったのは、初めて見る、蓮が地面に倒れている姿だった



「ヒュ…、ヒュ…」



近づいて抱き抱えると息が浅くてほんとに虫の息になっていた



「お、おい!蓮!!しっかりしろ!今救急車呼ぶから!!」



俺の声は聞こえているのか聞こえてないのかわからないけど、蓮は息をするだけで精一杯なのか微動だにしない



すげぇ、怖かった。


このまま蓮が死んじゃうんじゃないかって。


どうか今開けてる目を、どうか瞑らないでくれ


瞑ったら最後、もう二度と目を開けてくれない気がした


そんな恐怖に駆られながら電話する手は震えていてうまく番号が打てない、救急書を呼ぶ、たったの三つの数字を打つのに時間がかかった


それからすぐに救急車が来て蓮は病院に運ばれた



その間ずっと俺はひたすら蓮に呼びかけていた


なぁ、今すぐ俺に…“大丈夫だ、泣くな泣き虫”って俺に言ってくれよ、いつもの意地悪な笑い方で笑いかけてくれよ



なぁ、頼むから…俺を一人にしないでくれ。



あぁ。憎い。俺から蓮を奪おうとしたやつがとても、とても…



憎い



それだけ俺にとって蓮は大切な存在で、俺の一部になっていた



病院に運ばれてから一週間が経った


まだ、蓮は目覚めない



「なぁ、誰にやられたんだよ…俺、そいつら全員ぶっ飛ばしてくるからさ…お願いだから目を開けてくれよ…」



俺は学校にもいかず毎日病室で蓮の傍に張り付いてた


俺のいない間に蓮が目覚めてどこかに行ってしまわないように


また誰かが蓮を傷つけに来ないように


ずっと病室にいた



そして知った、蓮の家のことを。



母親は見舞いにも来ず、事務手続きもしに来なかった


それから双子の兄貴がいることも。


なぜ知ったのかというと蓮の親父さんが母親の代わりに病院に来たからだ



初めて会った時はびっくりした



だって俺は蓮から、親父さんは自分が小学生のときに離婚してそれからどこにいるかも知らないって俺に話してたからだ。そして蓮が唯一俺に話してくれた家族の話だった



「君は…、蓮のお友達かい?」



病室に入って蓮の傍にいた男に身構えたが、顔をみてすぐにわかった、蓮の親父さんだって



顔がそっくりだった


蓮よりもう少し優しい目つきだけど



「…よかった。この子にも友達ができて。」



俺が蓮の連れだとわかると静かに話し始めた



「僕はね。この子のことが心配だったんだ。ほんとはこの子だけでも僕の元に引き取りたかったんだけどね。元嫁が…この子の母親がそれを許さなかった。」


「…なんで。」



俺は聞いていいのかわかんなかったけど、質問してみた



「んー。それは言えないかな。大人の汚い自分勝手な話だから。うまく説明できなくってごめんな。」


「…蓮はその理由知ってるの?」



俺にははぐらかされたけど、別にそんなことは気にしても仕方ない。当の本人がそれを知っているのか



「…どうだろうね。でも気づいているんじゃないかな。この子は人よりも多く何かに気づいてしまう子だからね。」



…よくわかんない。でもこの親父さんはなぜか俺にとっては落ち着く人だった



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