人魚の涙〜マーメイド・ティア〜
ノックして中に入ると西条理事が何か書類に目を通していた
「父さん、この春山千晃ちゃんを東棟に移動させたいんですがよろしいでしょうか?」
なんだろう…親子なのにこのピリッとする空気は
それにみんなの顔もいつもよりシャキッとしているように見える
それだけこの西条理事が放つオーラが圧倒的すぎる
そんな人があたしをチラッと見るだけで神経が剥き出しになったようにどんな細かなことでも敏感になってしまう
「…君はあそこ出身だったよな?」
あそことは、あたしのいた場所のことだろう
「はい。」
それ以上は答えるつもりはない。
この人がどこまで知っているのか知らないからこちらから下手に情報を提示する必要もない。
「そうか…わかった。手配しておこう」
「…ありがとうございます」
そんなことより西条理事の答えに先ほどよりさらに業務的になっている敦先輩の方が今は心配だ。
早くここを出た方がなんとなくいい気がした。
書類やら何やら書いて理事長室から出ると、一気に肩が軽くなった気がした
なんだか空気がすごい重かった気がする
「敦には悪いけど俺理事ちょー嫌いっ」
「ちょ、波瑠!」
波瑠がストレートに言うせいでなぜかあたしが慌てて止めてしまった
「大丈夫だよ、千晃ちゃん。フフッ、俺もあの人嫌い」
ー…ッ!
敦先輩の目がこんなに冷たくなるとこを見たのは初めてなだけにすごく今鳥肌がたった。
それだけゾワっとした。
思わず自分の腕をもう片方の腕で掴んで無意識にさすってしまった
「敦、やめろ。千晃が怯えてる」
そんなあたしに気づいてか、慎があたしの肩を自分の方に引き寄せる
そう言われた敦先輩はハッとして申し訳なさそうに、あたしに近づいていいのかわからないような躊躇った表情をする
「ごめん、千晃ちゃん。怖かった、よね?」
そんな敦先輩はらしくないし、もしこのままだったら2度とあたしに本当の笑顔を見せてくれないんじゃないかな
…そんなの嫌だ。
あたしは敦先輩に歩み寄ってその手を取る
そして大丈夫と笑ってみせる
「敦先輩、行きましょう?」
「ありがとう。千晃ちゃんは優しいね。」
そう言って敦先輩はあたしに笑いかけてくれた。
そのままあたしたちはその後の学校はサボって倉庫に向かった。