人魚の涙〜マーメイド・ティア〜
それからどんな女でも見るとすごく嫌な想いになった
なんとも言えないようなドロドロした感情が俺の中を支配していく
でもそんな日常に変化が突然起きた
珍しく学校から帰ってきたら母さんがいたんだ
だから思わずなんて言っていいのか分かんなくて無言のまま家に入った
多分その時からだった、母さんが少しおかしくなり始めたのは。
1人で何もないのにニコニコ笑ってずっと俺を見ていたり、初めてご飯を作ってくれた。今でもそのハンバーグの味は覚えてる、すごくすごく美味しかった。
初めて食べる母の味だった。
そのことが俺にはとてつもなく嬉しいことで初めて生まれる感情に喜びも覚えてた
それからはしばらくそんな日々が続いた
たまに機嫌が悪くなって俺の瞳の色を見るたびに激怒することはあったけどそれ以外は俺の話にも興味を示し、まるで同じ年頃の子のように仲良く話すことができた
だからなのか俺の中で死んでいたはずの感情がメキメキと輝きを取り戻していつしか笑えるようにもなってた
中3に上がった頃には家に帰るのが待ち遠しくして仕方なくなっていた
でもその頃頻繁に目にしていたのは機嫌が悪くなると必ず母さんが腕に打ってた注射器。
打たれた部分は青黒くなってて初めてそのシミに気づいた時より中3になった頃は濃くなっていた
でも俺はそれをきっといい薬なんだって思い込んでた…
それを打てば機嫌が良くなる、母さんが俺と話してくれて同じ食卓につける。
それだけが俺にとって唯一の幸せだった
…でもそんな作られた幸せの崩壊はすぐにやってきた
俺は“いつものように”学校から帰ってくるなり母さんに話しかけた
「ただいまー!母さん聞いて…母さん!?」
でもひょっこりリビングから顔を出す母さんはいなくて、その代わりひどく部屋の中が荒れていた
だから俺は母さんに何かあったのかと焦って呼びかけ、靴を脱ぎ捨てて部屋の中を走る
でも、これが俺にとっての“当たり前”だったことをこの時の俺は忘れていた
リビングに入ると必死に畳を爪で引っ掻いてる母さんの背中が見えた
苦しいのかと思って俺は慌てて駆け寄った
「母さん!しっかりして!」
涙目になった俺を見るなり思いっきり払いのけた
びっくりして母さんを見ると目を虚ろにして何かをボソボソと呟いてるのがわかって、俺は慌てて口元に視線を集中させる
「ー…薬、ど、こ…」
薬!母さんがいつもこうなるときに打ってたあの薬だ!
俺は必死になって部屋の棚を漁った