人魚の涙〜マーメイド・ティア〜



「それからしばらくの間記憶がないんだ、俺。…記憶がないっておかしいかな?でもほんとになにも覚えてないんだ。気づいたら今一緒にいてくれる慎と蓮がいて…」



波瑠の過去を聞いて正直なんて言葉をかけたらいいのかわからなかった。
私がもっとたくさんの言葉を知っていたらこのときなんて言ったら正解なのか、わかるのだろうか?



…きっと知っててもわかんないと思う。



全てを話してくれた波留から伝わってくるのは



ー…ただただ、消えてなくなりたいってこと



でもね、そんなことさせないよ。


そう思った時にはもう体が動いて波瑠をこれでもかってくらいキツく抱きしめた



「ち、千晃?痛いよ…」


「痛くたって構わない!痛いってことは生きてる証拠だから。波瑠が、俺が生きててもいい世界なんだって思ってくれるまで私は離さない。絶対に。私は何があっても波瑠がちゃんと生きたいって思わない限り離さないから。」



その言葉を聞いた瞬間、波瑠が必死に私を振り払おうとする


それがどうしようもなく悲しくなったけど離すわけにはいかなかった



いつの間にか嵐も過ぎ去り静かに波打つ海の中で波瑠も抵抗するのをやめて、あたしにされるがままのように棒立ち状態だった



「ねぇ…波瑠、今話してくれたことが全部?」



波瑠の首筋に埋めていた顔をあげてまっすぐに波瑠を見つめる
気まずそうな表情で話そうか迷っているみたいだった。


なんとなくだけど、今はあたしが聞くべきだと思った。踏み込むなと拒絶されるかもしれない、でもここまで追い詰められた原因があるならそれを何か知らなきゃ助けてあげることもできない



「あのね、この前みんなでお買い物に行った時のこと覚えてる?」



あたしの水着がなくてそれと日常品の買い物をした時のことだろうと思い頷く



「あの日、みんなでご飯を食べてるときに電話があったんだ。山中先生から。」



あの時だ。あまりにも苦しそうな顔をして立ち上がる波瑠を追いかけようとしたけどみんなに止められた、あの時…。あの時から波瑠はずっと苦しかったの?消えたかったの?


いや、きっとそんな感情はもっと前から持っていたんだろうな…。



「山中先生から…母さんが会いたがってるって言われた。俺、その言葉を聞いたとき今更何の用だよって思った。…でも、会いたいとも思ったんだ。本物の愛情なんてもらえなかったのに!愛されてなんかないのに…」



綺麗なオッドアイの瞳から透明な滴が落ちていく



「会いたい…けど、また拒絶されるんじゃないかってお前なんか消えろって、いらないって…言われるのがこわくて…もう俺どうしたらいいのかわかんなくなっちゃって…」



あたしはもう一度波瑠を抱きしめなおす。


そんなの決まってるじゃん。



「一緒に会いに行こう。あたしも波瑠のお母さんに会いに行く。」


「え…?」



びっくりしたように声をあげた波瑠をもう一度真正面から向かい合う



「あたしも一緒に行く。」



あたしの発言にびっくりしたのか言葉に詰めらせて涙も引っ込んでいた


波瑠はこんなにもつらい過去をあたしに話してくれた。つらいことを話すってすごく大変なことだと思った。



…だってそれはあたしも同じだから。



でもね、波瑠が勇気出して話してくれた分あたしも波瑠に少しだけ話そうと思った。



「あたしもね、お母さんに会いたいって言われたら怖いけどきっと会いに行くと思う。あたしはお父さんもお母さんも“いない”から。会ったときどんなこと言われるかわかんないけど、会いたいって言ってくれるならあたしも会いたいと思う。もし、ここで行かなかったらあたしは後悔すると思うから。」



波瑠は口を挟もうとするがこれ以上は何も言えない。


だから、ごめんね。


これ以上は何も聞かないでね。



「だから、会いたいって思う気持ちが波瑠にもあるんだったら会いに行こう。行くのが怖いんだったら一緒に行こう。」



言葉を区切り大きく息を吸って伝える。



「だって、波瑠はもう一人じゃないんだから。」



そう。あなたはもう一人じゃないの。
いつだって頼れる仲間が周りにいるってことに気が付いてほしい。神獣のみんなが波瑠が元気ないことを知って、いつも冷蔵庫にプリンをストックしてたり寝室を目で気にしていたり…


多くの人が波瑠に愛情を注いでいる。


だから



「大丈夫。波瑠はみんなに愛されてる。一緒に行こう。」



それから波瑠は泣き続けた


声をあげて小さな子供のように


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