視線
帰宅
時間は20時頃。
私は仕事を終えて自宅のアパートに帰る。
いつもと同じアパートに。
最近何故かずっと視線を感じる。誰もいない部屋の中からどこか違和感を覚えた。
実家を出て一人暮らしを始めてからもう1年くらいになる。少しは慣れてきた。
だが何故だろう。妙な違和感は消えない。
リモコンの位置が変わっている気がする。
トイレットペーパーが減っている気がする。気のせいだろうか。分からない。
確かめる勇気もない。方法も分からない。
誰もいないはず。誰もいないはず。
そもそも部屋は狭い。人が隠れるスペースなんて場所無いのだ。
人がいるならすぐ分かる。
隠れる場所などない。
怯える必要なんて無いのだ。
私が心配性なだけだ。
そんなときドンと物音がした。トイレの方だ。思わず唾を飲む。身体が凍りついたように動かない。またドンと音がなる。違う。違う。耳に神経が集まる。無音の中私の唾を飲む音だけが聞こえる。
ドタドタと音は続く。どうやら隣の家のようだ。ひと安心する。最近気を張りすぎている。大丈夫私の勘違いだ。疲れているのだろう。今日はすぐシャワーを浴びて寝よう。
ひとつ背伸びをして天井を見上げる。
そこで真っ赤な目と目が合う。恐怖で目線を逸らす。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。恐る恐るもう一度そこを見る。目はない。気のせいだ。シミが目に見えただけだ。
深い呼吸する。もう耐えられない。私は私自身の想像力に押しつぶされそうになっていた。
ソファに深く沈む。額に油汗が滲む。
そっと深呼吸して落ち着こうとする。
気分を変えようとスマホを眺める。その時ふっと背中からうなじに生暖かい息がかかる。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。後ろを振り向く勇気がない。身体が固まり動けない。気のせいだ。気のせいだ。気のせいだ。ゆっくり振り向く。そこには誰もいなかった。いつも通りに自分のアパート。気のせいだ。気のせいだ。私はもう20歳になる。大人なんだ。幽霊なんて居るはずない。
最近残業も多く疲れが溜まっていたのだろう。自分を言い聞かせる。
事実何も起きてないのだ。それが何よりも証拠になる。私は靴下を脱ぎ洗濯機の中に放り込んだ。
LINEが来てる。友達からだ。
「週末飲み行かない?」今週は仕事だった。「ごめん!今週は仕事で行けそうにない。また誘って」謝罪の絵文字を添えて送った。疲れも溜まっているので本当に行きたかったが仕方無かった。
スマホを枕元の充電器に刺し。風呂の支度を整える。
服を脱ぎ。風呂に入ることにした。風呂場は冷えている。尚全裸なら更に寒い。お湯を出すがなかなか温まらない。寒い。鏡で見る自分の姿が前より細くやつれて見えた。どこかで疲れを取らないといけない。
湯気が立ち上る。お湯になっただろう。手で温度を確認する。丁度いい。頭から浴びる。全身がお湯の温かさに包まれて心地が良い。癒される。
ピンと背筋が凍る感覚。また視線を感じる。寒気もする。
いや、だが、ここは浴室何処にも人が入るスペースなんて存在しない。当たりを見渡してもやはり人なんていない。鏡に映るのは自分だけだ。何なのだろうこの違和感は頭を洗っても身体を洗っても拭いきれない。
ふと天井を見てみた。天井が空いている。私は恐怖で凍りついた。誰かいるのだろうか。そこに人が入ることは可能なのだろうか分からない。怖い。一目散に風呂場を後にした。
はあはあと息が切れる。どうしよう。警察だろうか。いやたまたま何かの原因でズレただけだろうか。この家から出た方がいいのだろうか。分からない。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
友達に電話することにした。
「もしもし」「もしもし」
「どうしたの?」
「何か家に人がいる気がするんだよね。すごく怖くて」
「どういうこと?誰かいるの?」
「いや実際はいないんだけど人の気配がするんだよね、風呂場の天井が空いてたし、あそこって風とかで空いたりすのかな?」
「どうだろう、でも人が入れるのほど広くないと思うよ、覗いて見たら」
「怖いよ」
「いま調べてみたら風で空いちゃうこともあるらしいよ、それに人が居るとしたらつめあますぎじゃない?バレバレじゃん」
「そうだよね、確かに。ありがとう。だいぶ落ち着いてきた」
「どういたしまして、どうしても気になるならカメラでも仕掛けてみたら、私はもう眠い、じゃあね」
電話切られてしまった。だが友達と話せたおかげで心身共にだいぶ落ち着いてきた。最近疲れも溜まってたし。偶然が重なってただけだろう。また何かあったら本当にカメラでも仕掛けてみよう。私は平常心を保ち風呂場に戻り。天井のフタを閉めた。水滴が落ちて来て冷たい。だがそれ以外何も無かった。物音も視線も。
寝室に向かい。床に就く。恐怖はあったが睡魔がそれに勝る。ゆっくり眠りについた。
朝になる。いつもと変わらなない朝だ。アラームがうるさい。間接照明の明かりが寝室を優しくつつむ。仕事まではあと2時間ある。支度を始めなければいけない。
ゆっくり起き上がる。朝日がカーテンから漏れて昨晩の恐怖は全くなくなっていた。
コーヒーを沸かして。歯磨きを始める。その間に服の着替えを用意する。少しシワが目立つので急いでアイロンを用意する。
泡を吐き出し歯磨きを終える。アイロンが温まっただろうか確認する。まだ少しぬるい。
コーヒーを飲んで落ち着く。暖かい。シワを伸ばしてひと段落。次は髪のアイロンを温めなければとスイッチを入れる。朝の情報番組を見ながら化粧をする。
パンをトースターに入れレバーを下ろす。今日は外回りだ。いつもより気合いが入るまだまだ化粧はかかりそうだ。パンが焼き上がる。バターを塗り。かじる。粉が落ちないように器用にかじる。口をゆすぎ髪を巻いて完成だ。今日も仕事場に向かう。