鬼の目にも慕情
玄関の鍵を開けると、廊下の先のリビングの明かりがもれているのが見えた。良い匂いがする。外まで漂っていたカレーの匂いはうちだったか。
そんなに待たずに廊下の電気が付き、リビングの扉が開かれる。そこから覗くのは、エプロンをした愛おしい人の姿。
「おかえりなさい。もうすぐ夜ご飯できるよ」
「あぁ。お腹空いた」
「ほんと?良かった。
ちょっと大目に作りすぎちゃったんだよね」

靴を脱ぎながら、ふと目に入ったのは大きな姿見。そこには、気の緩みきった自分の顔が写っていた。
なんだよ。完全にリラックスしてんな。
家に帰ってきて、明かりがついていて、由乃が出迎えてくれる。
いつものようにそこで待っていてくれる。
いつの間にか、この扉を開いたら、自然とホッとするようにできてるんだ。
ひりひりした緊張感が張りつめた現場では、絶対に味わうことのない感覚。結婚する前の寮生活では、決して抱くことのできなかった感覚。
「どうしたの、鏡じっと見て」
のぞき込んできたのは、不思議そうな表情。
「眉間に皺寄ってないかなって」
「ふふ、大丈夫だよ」
いつかの朝みたいに、また突かれた。

この幸せな時間を、榊や小澤に邪魔されてたまるかってんだ。
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