氷河くんのポーカーフェイスを崩したい。
 物理的には、とんでもなく近い。

 こんなの先輩と後輩の距離感をこえてる。

 平気で踏み込んでくるこの男に呑み込まれてしまう子がいるのだろうと思う。

「ほんと男が好きな顔してるよね。ああ、顔だけじゃないか」 

 けれど、なんだか遠い。

「氷河。キスうまい?」

 底が見えない。

 この人の心はどこにあるのだろう。

「キスの上手さとか。知らないし」
「比較対象がないせいだね」

 だから、俺としてみれば――とでも言いたそうな含み笑いをされる。

 なにか悪巧みしてそうなのに綺麗な顔のせいで憎みきれないというのは、ある。

 これがこの男の武器のひとつだということは明らかだ。

「してみるか」
「は?」
「氷河と俺じゃ絵になると思わない?」
「やめろ」
「先輩命令って言ったらどんな反応するかなー」

 すさまじくセクハラでありパワハラだな。

「上手いとか経験とか関係ない。好きって気持ちが込もってたら最高のキスでしょ」
「じゃあ俺がしてきたのは。最低のキスだ」

 ――え?

「しようよ、最低のキス。案外やみつきになっちゃうかもよ」
「おもしろくない。その冗談」
「やってみなきゃ、わかんないよ。おもしろくないなら、おもしろくないでいいし」

 成澤にとってキスは、そんなにも、あっさりと済ませられるものなの?

「……ねえ」
「んー?」
「成澤は色んな女の子と寝てるの?」
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