闇色のシンデレラ
「志勇」



彼の体へ腕を伸ばし、大きなたくましい背中に手を回した。


これが初めてわたしから志勇を抱きしめた瞬間。


他人を信頼し、人生を委ねることを認めたという印。


ぎゅうっと隙間なく抱きついたそのとき、志勇の体が震えた。




「っ、壱華……!」




志勇の呼び声が鼓膜を震わせると、次の瞬間、視線が天井に移された。


背に感じるのはベッドのスプリングが軋む感覚。


肌で感じるのは志勇の吐息。


わたしは押し倒されてしまったんだと、脳はやけに冷静に判断した。


いや、抵抗もしないわたしは、本心でそれを望んでいたのかもしれない。


心よりも体は正直だから。



「壱華」



我慢できない。


そういった様子で志勇はわたしの唇を乱暴に塞いだ。


甘い吐息を絡め合い、抱き合って今までにない深くて長いキスをした。


首の後ろに回された志勇の少し冷たい手が、のしかかる体重が、全部が全部愛おしい。


息苦しさにだって幸福を感じる。




一度知れば溺れるだけの快楽。


それを貪り尽くす漆黒の狼。


わたしはそんな狼の獲物。


闇を生きる帝王の手に落ちたシンデレラ。


けれどここにあるのは、愛に堕落したただの男と女。


もういっそ、溺れてしまえばいい。


あなたとならば溺れたって構わない。


あなたが狂おしいほど愛おしい。





激しい雨が窓ガラスを打ち付ける中、今は何より幸せだった。




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