闇色のシンデレラ
「黙れてめえ」

「う……ごほっ、悪い悪い。こんな兄貴初めて見たからさ」



志勇の殺気を含んだ鋭い視線に、笑いを噛み殺した颯馬さんだけど、その表情は柔らかいまま。



「馬鹿にしてんのか、この二重人格が」

「兄貴だってある意味二重人格じゃね?
壱華ちゃんの前じゃまるで人が違う」



志勇の言った通り口ぶりも違うし、さっきまでの冷徹で真面目な青年はどこに行ったんだろうと思うほど。



「ああ、壱華ちゃん、俺こっちが素なんだ」



わたしのこと壱華ちゃん、なんて呼んでるし。


だけど、これまでの探るような目つきとは違う彼に、心なしか安堵を覚えた。



「なんて言えばいいのかな、今まで君のこと誤解してたみたいだ。ごめんね」




……誤解、というのは、美花や実莉の嘘を信じていたということなのかな。


おばさん、美花、実莉、そして黒帝。


あの人たちから受けた傷は、1ヶ月ちょっとじゃ消せないほど、深くて癒えない。


思い出しただけでも、胃の底がすくみ上がるような感覚に襲われる。



「改めまして、荒瀬颯馬です。よろしく」



だけど目の前にある目尻の下がった愛嬌のある笑顔は、幾分か気持ちが明るくさせる。


人の笑顔を見るのは好き。


志勇の笑顔を見るのはもっと好き。



……って、わたし、無意識に何思ってるの?


なんて、いまさらながら隣にいる志勇という大きな存在を気にかけつつ、彼らが帰るまでの時間ずっと、明るい気持ちでいた。
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