独占本能が目覚めた外科医はウブな彼女を新妻にする
不機嫌な彼
「お大事になさってください」
勤務先である『くるみ薬局』から出ていく患者さんに声をかけて見送ると、閉店作業に取りかかった。
レジ精算をし、処方箋をファイリングすれば一日の業務は終了。
「お先に失礼します」
まだ残っている局長に挨拶すると、同僚とともに営業室をあとにした。
更衣室で帰り支度を整えて、通用口から外に出る。
「やだ。雨降りそう」
ふたつ年上の西野さんの声を聞き、空を見上げた。六月上旬の東京の空には、灰色の低い雲が立ち込めている。
もうすぐ梅雨入りなのかなと考えただけで、憂鬱な気分になってしまった。
雨は嫌い。肩先まで伸びた髪が湿気を含んで広がるし、足もとも濡れて気分が下がる。でも、いくら嫌っても梅雨は訪れる。
今から先のことを考えても仕方ないか……。
気持ちを切り替えると「お疲れさま」と声をかけられた。
目の前に姿を現したのは、桐島樹、三十六歳。
薬局のすぐ隣にある『東京赤坂病院』に勤務している。ちなみに、病院の院長を務めているのは私の父親だ。
心臓外科医である彼は『神の手を持つ天才外科医』と呼ばれ、テレビで紹介されるほど腕がいい医師だ。
「桐島先生! お疲れさまです」
西野さんがクルリとカールしたマロン色の髪を揺らして駆け寄る。
私も挨拶しようと思ったのに……。
先を越されてしまったことを残念に思いながら、斜めに流した前髪の下から覗く二重の瞳を細める彼を見つめた。
< 1 / 214 >