独占本能が目覚めた外科医はウブな彼女を新妻にする
不機嫌な彼

「お大事になさってください」

勤務先である『くるみ薬局(やっきょく)』から出ていく患者さんに声をかけて見送ると、閉店作業に取りかかった。

レジ精算をし、処方箋をファイリングすれば一日の業務は終了。

「お先に失礼します」

まだ残っている局長に挨拶すると、同僚とともに営業室をあとにした。

更衣室で帰り支度を整えて、通用口から外に出る。

「やだ。雨降りそう」

ふたつ年上の西野(にしの)さんの声を聞き、空を見上げた。六月上旬の東京(とうきょう)の空には、灰色の低い雲が立ち込めている。

もうすぐ梅雨入りなのかなと考えただけで、憂鬱(ゆううつ)な気分になってしまった。

雨は嫌い。肩先まで伸びた髪が湿気を含んで広がるし、足もとも濡れて気分が下がる。でも、いくら嫌っても梅雨は訪れる。

今から先のことを考えても仕方ないか……。

気持ちを切り替えると「お疲れさま」と声をかけられた。

目の前に姿を現したのは、桐島樹(きりしまいつき)、三十六歳。

薬局のすぐ隣にある『東京赤坂病院(とうきょうあかさかびょういん)』に勤務している。ちなみに、病院の院長を務めているのは私の父親だ。

心臓外科医である彼は『神の手を持つ天才外科医』と呼ばれ、テレビで紹介されるほど腕がいい医師だ。

「桐島先生! お疲れさまです」

西野さんがクルリとカールしたマロン色の髪を揺らして駆け寄る。

私も挨拶しようと思ったのに……。

先を越されてしまったことを残念に思いながら、斜めに流した前髪の下から覗く二重の瞳を細める彼を見つめた。

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