独占本能が目覚めた外科医はウブな彼女を新妻にする
黒塗りの壁が印象的な老舗料亭に着くと、畳敷きの個室に案内された。
床の間には生け花と掛け軸が飾られており、窓の外に見える庭園には雨に濡れる青もみじがライトアップされている。
初めての料亭に緊張しながら席に着く私とは違い、樹先生は慣れた様子で料理とお酒をオーダーしてくれた。
「料亭にはよく来るんですか?」
「接待で何度かね」
「そうですか」
そういえば院長である父親も、医療機器メーカーや製薬会社の人と、食事やゴルフに出かけていたっけ。
幼い頃は、接待も仕事の一環だという意味がわからなかった。けれど大人になった今なら、診察や手術をこなすだけが医者の仕事ではないと理解できる。
忙しいなか、私のために時間を割いてくれたことを感謝した。
お酒と料理が運ばれてくる。
「乾杯」
「乾杯」
グラスをカチンと合わせると、透明な液体がゆらりと波立った。
「吟醸酒だから飲みやすいはずだ」
「吟醸酒?」
樹先生が、首をかしげる私を見て笑う。
「まあ、飲んでごらん」
「はい」
繊細な模様が美しい江戸切子のグラスに、恐る恐る顔を近づけた。けれどツンとした苦手な匂いはしない。
これなら飲めるかもしれない。
吟醸酒にそっと口をつけた。