ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第2話〜名刺

 バルーンリリースも終わり、再び歓談の時間。会場内に戻る百合は我に返る。ハンカチを貸した男のこと。なぜあの後追いかけなかったのだろうと百合は後悔した。追いかけてどうするのか、百合は何も考えずに探していた。

 ただ探した、濃い紫色のネクタイを。焦る気持ちとは裏腹に、会場は広く、テーブルも人も多い。ひとつずつテーブルを見て回る。廊下、受付、どこにもいない。また会場内に戻り、探すもいなかった。

 ため息をつきながら自分の席に座る。もう一度ため息をする。ふと隣のテーブルの空席に目がいった。その空席の隣に、ハンカチを貸した男が座っていた。灯台下暗しだった。

 隣では先輩2人が楽しく話をしている。その会話には入らず、百合はひとり悩む。この後どうすればいいのか。何をしたらいいのか。思い切って先輩に聞く百合。

「先輩、一目惚れした人がいるんですけど、どうしたらいいですか…?」
「え?!一目惚れ??そんな男いた?」
「そんなこといいから…教えてください…。」
「最低限、連絡先の交換だけはしないとね。」

 その男は、隣の60代くらいの男性と楽しそうに話をしていた。くったくのない笑顔。ぽーっと見惚れる百合。
  
 歓談時間はまだある。でもこの歓談時間を逃したらまた見失ってしまうかもしれない。百合は席を立ち、隣のテーブルに向かう。しかしあがり症の百合。一歩一歩が百合にとっては大きく重い。

 そこに3人の女性が現れ、ハンカチを貸した男に声を掛けている。そのうちの1人が、隣の空いた席に手を掛け少しずらそうとした。その時。

「さわんじゃねーよ!」

 驚く百合。その男の目は強く、表情は本気そのものだった。さっきまでくったくのない笑顔でいたのに。

 さらに緊張が深まった百合。それでもようやく男にたどり着いた。小さな声で横から声を掛けた。

「あの…。」
「あぁ…あんた、さっきの。」
「はい…。」
「さっきは助かった。ありがとな。」
「いえ…。」

 その時の男はやさしい笑顔だった。百合は勇気を出して次の言葉を言う。

「あの、ちょっといいですか…?」
「ああ、何だよ。」

 男は動こうとしない。さらに勇気を出す百合。

「ちょっと、こっち来てもらっていいですか…?」
「何だ?」

 ふたりは廊下に出た。ふたりきりになる。男のほうから話した。

「ハンカチ。悪かったな、でも助かったよ。」
「あの…。」
「なんだ?」
「あの…あの…。」
「何だよ、早く言えよ。」

 その言葉にビクッとする百合。ただでさえ控え目だった百合が、自分の口調に驚いたことに気づいた男は謝罪する。

「悪い、オレいつもこんな感じで…。悪気はねぇんだ、だから…。」

 さらにどうしていいかわからなくなる百合。緊張と困惑、動揺。いろんなものが頭の中で渦巻いている。そして何も考えられなくなった百合は目を閉じ叫んだ。

「私、あなたに一目惚れしました!」

 男は止まる。そして男も叫ぶ。

「はぁ?!」

 沈黙しかなかった。ふたりとも困惑する。頭を抱える男。少しして男は言う。

「ちょっと待ってろ。」

 男は会場に入っていってしまった。百合の緊張と動揺は止まない。男が戻ってきた。

「何か困ったことがあったらここに連絡しろ。オレはここにいる。」

 百合は1枚の名刺を渡された。

「相原工場…しゃ、社長?!」
「それは社長の名刺だ。オレは持ってねぇ。」
「え…。」
「なんかあったら連絡しろ。ハンカチの貸しがあるからな。…あぁ、友江さんによろしく言っといてくれ。じゃあな。」

 男は去っていった。百合はしばらく呆然と立ち尽くす。

 百合も会場に入る。自分の席につく。その後、百合はずっと男から目が離せないでいた。

 そして中座の時間。再入場した新郎新婦は和装だった。黒地に黄色やオレンジ色の大きな花の柄の打掛。髪にも大きな黄色と小さなオレンジ色の華が咲いていた。和装の友江は艶っぽく、やはり美しかった。

 新婦が両親へメッセージと花束を贈る。新郎が挨拶をし、新郎新婦は退場した。

 友江は百合にとって心強い存在だった。ただ友江がいるだけで安心する。そんな友江ともう会えなくなるのかと思うと寂しさが込み上げてくる。百合は小さな拍手をしながら小さく呟いた。

「友江先輩、お幸せに…。」
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