ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第20話〜ワタル

 初めて手をつないで帰るいつもの帰り道。百合はいつもと違った風景に見えた。暗い景色も鮮明に見える。百合の世界が輝き始めた夜。

「緊張でもしてんのか?」
「え?」
「震えてる。」

 やはり百合の緊張は航に伝わっていた。

「手…つなぐなんて初めて…。」

 緊張のせいで、いつも以上に上手く話せない、説明できない。

「でも、嬉しいです…。」

 言いたい、伝えたいことは言えた百合。花束で少し顔を隠す。そんな百合を見て航は思った、百合らしいと。

 次第に、百合の震えが消えてくる。航の手、手のぬくもりが百合に安心感を与えた。表情も和らいでくる。しかし気付けばアパートはすぐ近くにあった。百合は寂しくなる。

「今日はありがとな。」
「いえ…。」

 百合は下を向き、しょんぼりしていた。

「そんな顔すんなよ。いつでも会える。」
「いつでも…いつでも…?」

 航は百合を呼ぶ。

「こっちを見ろ。」

 百合は顔を上げる。

「あんたはオレを選んでくれたんだ。そうだろ?」
「はい…。」
「それを忘れんな。」

 百合は百合の中の航が溢れ、こぼれる。

「航さん…?」
「どうした?」
「…好きです…。」

 航は驚く。百合からのストレートな言葉。大きな言葉。そんな言葉が直接聞くことがあるとは思ってもいなかった。今にもガラス玉が溶けそうな百合の目。航はやさしい声で、ゆっくり答えた。

「わかってるよ。」

 その言葉を聞き、やはりおとぎ話の中なのではないかと、ぽーっとしている百合。航はやさしく百合のおでこにデコピンをする。

「いたっ…!」
「いつでもいい、連絡しろ。どんなことでもいい。わかったな?」
「はい…、ありがとうございます…。」

 百合が言い終わると、航は百合のおでこにキスをした。

「じゃあな。早く寝るんだぞ。」
「はい…。」

 百合はまだ少しぽーっとしていた。航の後ろ姿が小さくなる。手元の花束を見る。

「航さん…。」

 百合はゆっくり階段を上り、部屋に入る。テーブルの上にふんわりと花束を置いた。花瓶を探し、水を入れる。百合は花束を少し眺めた。

「きれい…いい香り…。」

 百合に複雑な思いが蘇る。そしてその思いをかき消す。花束のリボンをほどき、きつく締められたワイヤーを緩めた。その時、花と花の間から何かがぽろっと落ちてきた。それは航に渡していたメッセージカードの1枚。しかも『会いたい』と一言書いたものだった。

「1枚、返ってきちゃった…。」

 少しショックを受けた百合。ふとカードを裏返すと、百合は動きが止まる。

 好きだ
   ワタル

 百合のメッセージの裏に、航からのメッセージが書かれてあった。百合は一言呟く。

「夢じゃない…。」

 息苦しくなると同時に、涙が浮かんでくる。

「航さん…。」

 百合はカードをきつく握り、泣き崩れた。航のやさしさ、その嬉しさ、航への想い、航と出会った日から今まで、生まれてから今日まで。沢山のものが百合の頭の中で回った。目眩がするほど。そして体が渇くほど泣いた。

 そんなおとぎ話のような夜だった。

 そして翌日。休日。百合は目覚める。もう太陽は高い。前日、涙の百合はうまく眠ることができなかった。泣き疲れ、床で寝てしまっていた。百合はゆっくり起き上がる。

 テーブルの上、大きな百合の花。そして航からのカード。まだぼんやりしている百合はスマホを見る。航からのラインが入っていた。

 おはよ
 ちゃんと眠れたか?

 寝ぼけている百合は、躊躇することなく航に電話をする。

「もしもし?大丈夫か?」

 航のやさしさは変わらなかった。

「航さん…おはようござい…ます…。」
「なんだ?今起きたのか?」
「昨日…眠れなくて…。」
「まだ眠そうだな。」
「んー…。」
「無理すんなよ。眠いなら寝ろ。」
「でも…。」
「もし外に出られそうになったら教えろ。飯でも食いに行こう。」
「え…?」
「じゃあな、ゆっくり休めよ。」

 電話が切れた。

「航さ…ん…。会いたい…。」

 百合は再び眠りにつく。
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