ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜
第30話〜息
平日。夜。焼き鳥屋に百合と航。
「あんた、ここ好きだなー。ここばっか来てんじゃねーか?」
「いいんです。他のお店もいいですけど、ここが一番好きです。」
なんとなく、真っ直ぐ帰りたくなかった百合。航を寄り道に誘う。
「航さん、公園でコーヒー飲みませんか?」
焼き鳥屋を出た後、ふたりは公園へ向かう。公園に着くと百合は言った。
「航さんは先に座っててください。」
百合は自動販売機でコーヒーを買う。ブラックのカンカン、ふたつのカンカン。そして公園に入る。百合は航のもとへ。
「どうぞ、航さん。」
百合は笑顔でカンカンを渡した。
「ありがとな。」
航は笑顔で受け取った。
肩を寄せ合うふたり。ふたりの間に距離はなかった。
「あ、オレ来週、一週間残業だ。」
「仕事、忙しいんですか?」
「一人休むんだよ、一週間。でも新婚旅行で休むんだから仕方ねーよな。」
「そうですか…。」
百合は少し残念な顔をする。
「そんな顔すんなよ。会えなくなる訳じゃねぇだろ。」
その言葉に嬉しくなった百合は笑顔を取り戻す。小さく笑う。
「はい…。」
百合がふと見上げた夜空に、月とひとつの星。その月と星は、ずっと前から見守ってくれている、そう百合は感じた。
「そういえば…航さんは今の会社、長いんですか?」
「ああ、ずっとだ。高校卒業してからずっと。」
「へぇ…。」
「家が近いから、オレがすげー小さい頃、よく工場に行ってスクラップのもんもらって、自分で何か作って遊んでたって、オカンが言ってた。自分じゃ覚えてねーけどな。」
「…お母さん…。」
百合はカンカンをぎゅっと握る。
「オレはずっと実家暮らしだ。家を出る必要も気もなかったしな。妹は…あいつ今どこ住んでんだ?ころころ変わるからわかんねぇな。」
「航さん…妹さん、いるんですね…。」
「生意気な妹だけどな。うちは親父とオカンとオレと妹、4人家族だ。あんたは?」
「え?」
「家族。兄妹はいるのか?」
ほんの少しの間の後、百合は航から目をそらす。息が浅くなる。平常心を保つよう、胸に手を当てる。
「私は…ひとり…。」
「ひとりっ子か。寂しくなかったか?実家はどこなんだ?一人暮らしなら、どこからか出てきたんだろ?」
百合はさらに息苦しくなる。航にばれないよう、必死に答える。
「…せ…世田谷…。」
「世田谷??いいとこのお嬢様じゃねぇか!だから、いい子の真面目ちゃんなのか?」
百合の呼吸がひどく乱れる。目眩。手足がしびれ、手からカンカンが離れ地面に落ちる。
「どうした?」
航は百合を見る。百合は硬直していた。百合の顔を覗いて航は驚く。
「おい、大丈夫か…?」
百合は目を閉じ、呼吸困難になっていた。過呼吸だった。航の手からもカンカンが地面に落ちる。
「…しっかりしろ…。」
航は百合の目の前にしゃがむ。百合に目線を合わせる。
「…こっちを見ろ、オレを見ろ…。安心しろ、オレはここにいる…。」
航は百合の肩に手を添え、もう片方の手で百合の手を握る。百合の目が少し開いた。
「オレが見えるか…?オレを見るんだ…。」
百合は目眩の中、航を探す。見つける。
「オレに息を合わせるんだ、息を吐くことに集中しろ…。」
ふたり、呼吸を合わせる。夜の静かな公園。百合は航の息と航を感じた。
症状が治まる。
百合は航に寄りかかる。航は百合の背中をゆっくりさする。握った手はそのまま。百合の呼吸も、百合の心も、落ち着いてからもしばらくそうしていた。
「航さん、ごめんなさい。」
「謝るな、謝ることじゃねぇ。何も気にすんな、何も…。」
気にしているのは航のほうだった。百合の体よりも、百合の心を。
「もう大丈夫です。帰ります。」
「歩けるか?」
「はい、大丈夫です。」
ふたり歩く帰り道。航は百合を支えながらゆっくり歩いた。航はずっと考えていた。百合に掛ける言葉、今の百合に必要なもの。考えているうちにアパートに着いてしまった。
「航さん、さっきは…。」
「部屋はどこだ。そこまで送る。」
いつものようにやさしい航。百合は素直に甘えた。階段を上る。百合の部屋のドアの前。
「…何かあったら、すぐ言うんだぞ…。いいな…?」
「はい…。」
航は気になっていた。百合に何かあるのか、あるなら何なのか。しかし公園からずっとうつむいている百合。とても聞ける状態ではなかった。そして百合も航と同じ、航に何を言っていいのかわからなかった。言葉が見つからないふたり。
せめてと思い、航は百合をやさしく抱きしめた。それしかできなかった。百合の目線が上がる。安堵した百合は、さらに航に甘える。百合は航の背に手を当てた。
「航さん…?」
「ん?」
「ありがとう…。」
「気にすんな。」
航は百合の頭をなでながら言った。
ひとり、百合のアパートから帰る航。航は悔しく、唇を噛む。百合のことが何もわからない。だから何もできず、何も言えない。百合の『何か』を覚えた航。ひとり呟いた。
「…過呼吸…何でだ…。」
「あんた、ここ好きだなー。ここばっか来てんじゃねーか?」
「いいんです。他のお店もいいですけど、ここが一番好きです。」
なんとなく、真っ直ぐ帰りたくなかった百合。航を寄り道に誘う。
「航さん、公園でコーヒー飲みませんか?」
焼き鳥屋を出た後、ふたりは公園へ向かう。公園に着くと百合は言った。
「航さんは先に座っててください。」
百合は自動販売機でコーヒーを買う。ブラックのカンカン、ふたつのカンカン。そして公園に入る。百合は航のもとへ。
「どうぞ、航さん。」
百合は笑顔でカンカンを渡した。
「ありがとな。」
航は笑顔で受け取った。
肩を寄せ合うふたり。ふたりの間に距離はなかった。
「あ、オレ来週、一週間残業だ。」
「仕事、忙しいんですか?」
「一人休むんだよ、一週間。でも新婚旅行で休むんだから仕方ねーよな。」
「そうですか…。」
百合は少し残念な顔をする。
「そんな顔すんなよ。会えなくなる訳じゃねぇだろ。」
その言葉に嬉しくなった百合は笑顔を取り戻す。小さく笑う。
「はい…。」
百合がふと見上げた夜空に、月とひとつの星。その月と星は、ずっと前から見守ってくれている、そう百合は感じた。
「そういえば…航さんは今の会社、長いんですか?」
「ああ、ずっとだ。高校卒業してからずっと。」
「へぇ…。」
「家が近いから、オレがすげー小さい頃、よく工場に行ってスクラップのもんもらって、自分で何か作って遊んでたって、オカンが言ってた。自分じゃ覚えてねーけどな。」
「…お母さん…。」
百合はカンカンをぎゅっと握る。
「オレはずっと実家暮らしだ。家を出る必要も気もなかったしな。妹は…あいつ今どこ住んでんだ?ころころ変わるからわかんねぇな。」
「航さん…妹さん、いるんですね…。」
「生意気な妹だけどな。うちは親父とオカンとオレと妹、4人家族だ。あんたは?」
「え?」
「家族。兄妹はいるのか?」
ほんの少しの間の後、百合は航から目をそらす。息が浅くなる。平常心を保つよう、胸に手を当てる。
「私は…ひとり…。」
「ひとりっ子か。寂しくなかったか?実家はどこなんだ?一人暮らしなら、どこからか出てきたんだろ?」
百合はさらに息苦しくなる。航にばれないよう、必死に答える。
「…せ…世田谷…。」
「世田谷??いいとこのお嬢様じゃねぇか!だから、いい子の真面目ちゃんなのか?」
百合の呼吸がひどく乱れる。目眩。手足がしびれ、手からカンカンが離れ地面に落ちる。
「どうした?」
航は百合を見る。百合は硬直していた。百合の顔を覗いて航は驚く。
「おい、大丈夫か…?」
百合は目を閉じ、呼吸困難になっていた。過呼吸だった。航の手からもカンカンが地面に落ちる。
「…しっかりしろ…。」
航は百合の目の前にしゃがむ。百合に目線を合わせる。
「…こっちを見ろ、オレを見ろ…。安心しろ、オレはここにいる…。」
航は百合の肩に手を添え、もう片方の手で百合の手を握る。百合の目が少し開いた。
「オレが見えるか…?オレを見るんだ…。」
百合は目眩の中、航を探す。見つける。
「オレに息を合わせるんだ、息を吐くことに集中しろ…。」
ふたり、呼吸を合わせる。夜の静かな公園。百合は航の息と航を感じた。
症状が治まる。
百合は航に寄りかかる。航は百合の背中をゆっくりさする。握った手はそのまま。百合の呼吸も、百合の心も、落ち着いてからもしばらくそうしていた。
「航さん、ごめんなさい。」
「謝るな、謝ることじゃねぇ。何も気にすんな、何も…。」
気にしているのは航のほうだった。百合の体よりも、百合の心を。
「もう大丈夫です。帰ります。」
「歩けるか?」
「はい、大丈夫です。」
ふたり歩く帰り道。航は百合を支えながらゆっくり歩いた。航はずっと考えていた。百合に掛ける言葉、今の百合に必要なもの。考えているうちにアパートに着いてしまった。
「航さん、さっきは…。」
「部屋はどこだ。そこまで送る。」
いつものようにやさしい航。百合は素直に甘えた。階段を上る。百合の部屋のドアの前。
「…何かあったら、すぐ言うんだぞ…。いいな…?」
「はい…。」
航は気になっていた。百合に何かあるのか、あるなら何なのか。しかし公園からずっとうつむいている百合。とても聞ける状態ではなかった。そして百合も航と同じ、航に何を言っていいのかわからなかった。言葉が見つからないふたり。
せめてと思い、航は百合をやさしく抱きしめた。それしかできなかった。百合の目線が上がる。安堵した百合は、さらに航に甘える。百合は航の背に手を当てた。
「航さん…?」
「ん?」
「ありがとう…。」
「気にすんな。」
航は百合の頭をなでながら言った。
ひとり、百合のアパートから帰る航。航は悔しく、唇を噛む。百合のことが何もわからない。だから何もできず、何も言えない。百合の『何か』を覚えた航。ひとり呟いた。
「…過呼吸…何でだ…。」