ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第39話〜やさしい味

「ご飯、持ってきます!」

 百合は逃げるようにキッチンへ行った。イベント一覧を見る航。

「あいつ…。こんなことしなくても…。」

 料理が運ばれてきた。最後に運ばれてきたのは卵焼き。

「今日は和食か?」
「はい。前回が洋食だったので。」
「そんなの気にすんなよ。」
「楽しいからいいんです。」

 平気な顔をする百合は、グラスにビールを注ぐ。

「今日は航さんのTシャツに乾杯です。これから毎日着ます。」
「単純だな。」
「いいんです。心強くなります。」

 ふたりは乾杯をする。航は百合の言葉が引っかかる。

「今日も手が込んでて、うまそうだな。」
「煮物は、それぞれの家の味があるって聞いたことがあるんですけど、和食っていったらやっぱり煮物かなって…。口に合わなかったらごめんなさい。」
「関係ねーよ。じゃ、いただきます。」
「はい、召し上がれ、です。」

 百合は気付く。初めて会った時から今までの間、航がどんなふうに食べ、どんなふうに笑うのか。小さな仕草や癖。いつの間にか覚えていることに。どんな時、どんな目をするのかも。嬉しさを隠すためにビールを飲む百合。航もビールを飲む。その後。

「あんたの会社って何してるとこなんだ?」
「え?」
「そこで経理、やってんだろ?」
「はい。主に、複数の飲食店の経営をしている会社です。小さい会社なので、やっている仕事も簡単みたいで。ステップアップしたいって、他の会社に移った人もけっこういるみたいです。」
「あんたは?ステップアップ、いずれはしたいって思うか?」
「私は何も考えてません。このまま落ち着いて働ければって。」
「ふーん…。」
「航さんは…何かしたいこと、あるんですか?」
「ある。」
「何ですか?あ、話したくなければ…。」

 航は箸を置く。

「何かしたい。」
「え?」
「オレしかできないこと、何かしたい、見つけたい。どんなことでもいい。」
「へぇ…。」
「って言ってもう何年も経ってんだけどな。でも、何かしたい。」

 航はいい表情をしていた。きれいなものを見るような目。

「航さん…かっこいいです。」

 小さく笑う百合。たまに出る、百合のストレートな言葉。航の心にくる。

「あ、ビール持ってきますね。」

 キッチンへ向かう百合を目で追う航。百合の純粋さが航の胸を熱くさせる。

「うまい。煮物。」
「ほんとですか?」
「なんか、あんたの味がする。やさしいっていうか、何ていうか…うまく言えねぇけど。あんたの味。」

 航の言葉を聞いて、百合は安心し、心から嬉しく思った。

「…ありがとう…ございます…。」

 百合は精一杯、心を込めて言った。百合にはそれが精一杯の言葉だった。

 食事が終わり、百合はテーブルを片付ける。ふたりはベッドに寄りかかる。テーブルにはペアグラスとネームプレート。

「まずTシャツを畳んで…、でもそれは毎日着るからクローゼットにしまって…。」
「…もうここに持ってこれる物ないかもしれねぇな…。」
「何か思い出したら持ってきてください。」
「…そうするよ。」

 航は百合に応えた。

「なんであんなの書いたんだ?」
「あんなの?」
「イベント。」
「あ…わ、わかりやすいように…。イベント、初めてするから…。」

 百合の顔はなぜか焦っているように見えた。航は不思議に思う。百合を和ませようとする。

「数えてるか?」
「数?」
「キスの数。」
「か、数えてません!」
「あの紙に書かなくていいのかよ。『キス100回目記念』とか。」

 百合は顔を真っ赤にする。久しぶりの顔。航は笑う。

「冗談だよ。」
「そういう冗談は、やめてください…。」

 最後のビールを飲み終えて、航が帰る時。航は百合の頭をなでた。百合の見た航の目は、心配する目だった。百合は不思議に思う。そして航は言った。

「何かあったら、言うんだぞ…。」
「はい…。」

 航は百合のおでこにキスをした。

 航は帰る。百合はドアに寄りかかり、おでこに手を当てる。

「熱い…。」

 そして百合は着ているTシャツを強く握りしめた。

「航さん…会いたい…。」
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