ビビってません! 〜あなたの笑顔は私の笑顔〜

第55話〜美人

 店に入り、テーブルに焼き鳥とビール。ふたりは乾杯する。

「処女卒業おめでとう。」
「航さん!そういうこと、こういう所で言わないでください…。」
「ここは何でもありだ。心配すんな。」
「でも…。」
「あー女抱いた後の酒はうまい。」
「航さん!」
「だから気にすんなって。」

 拗ねた顔した百合は、焼き鳥を食べるとすぐに笑顔になった。

「おいしい。」

 百合の怒る顔、拗ねる顔、笑う顔。航はずっと見ていた。それに気づかない百合。

「昨日、あんたすげーエロかった。」

 咳き込む百合。

「航さん!」

 航は百合を無視し、話を続ける。

「あんなことしてエロくならない女もいないだろうけど、あんたもエロかった。エロかったけど、すげーきれいだったんだよ。体、顔、肌、髪、声。すげーきれいだった。あんたみたいなきれいな女、他にいねぇよ。」

 百合は驚きを超え、動転する。声を失う。航は話を続けた。

「オレはあんたの全部を見た、体も心も。あんたは正真正銘の美人だ。だから全部欲しいと思った。今のあんたも、これからも。」
「航さん、私は…私はずっと航さんなんです。初めから変わりません。だから昨日だって、航さんだったから…。だから私は…。」

 想いが多すぎて言葉が出ない百合。航に伝えたいのに伝えられない。

「私は…。」
「もういい。」
「よくないです。私は、もっと航さんに感謝しなきゃだめです。でも何て言ったらいいか…言葉が出てこない…。もっと航さんに…。」
「そういうところも好きなんだよ。他の誰んとこにも行くな。な?」

 百合の目に涙が浮かぶ。

「はい…行きません…。」

 航は百合の頭をなでる。

「ありがとな。」

 そして泣き出す百合。声を出しながら。

「おい、こんな所でそんな泣くな。」
「何でもありって、言ったじゃないですか…。」

 向かい合わせで座っていたふたり。航は立ち上がり、百合の横に座った。

「これで少しは落ち着くか?」

 百合は航の袖を両手で握り、頭をつける。

「落ち着きません!」

 航は百合の肩を包む。百合らしさごと包んでいた。

 お腹も心も満たされたふたり。アパートに帰り、部屋に入る。航はふとその存在に気づく。ベッド側の壁に貼られた一枚の紙。ふたりはベッドの上に座り、見ていた。

「このイベントの一覧。日付、書けるとこあるんじゃねーか?」
「はい…。」
「忘れてたのかよ。」
「いえ…。それを書いた時は、いつまで航さんと一緒にいられるかわからないと思ってたので、書くだけ書いて、気にしないようにしてたんです。ただ、書いてみたかっただけかもしれないです。」

 物憂げな顔の百合。そんな思いをしながら百合はこれを書いていた。航はそれをその時初めて知る。その百合を想像した。航は始める。

「出会った日…出会った日?いつだ?」
「友江先輩の結婚式です。」
「じゃあ、付き合った日は?」
「それがわからないんです。私、手帳も日記もないので…。」
「あ…先輩に聞けばいいのか。ふたりで先輩の店に行った日だ。それから次は、初キス。」
「花火の…日…です。」
「ん?その次がないぞ?大事なのが抜けてる。ペン貸せ。」
「はい…。」

 百合はペンを渡す。そして航は一覧に書き足す。

 初体験

「えっ。」
「大事だろ?」
「んー…。」
「わざと書かなかったんだろ。」

 航にはわかっていた。一覧から目をそらす百合。焦るかのようだった。

「もう目はそらさないんじゃなかったのか?」

 百合は自分の言葉を思い出す。航に気づかされた。ゆっくり百合は航を見る。そして宣言した。

「初体験は昨日です!」
「女子にとっては大事な日だろ?」

 それを聞いて百合は疑問に思った。

「じゃあ、男子にとっては大事じゃないんですか?」

 航は百合をじっと見る。

「女にはわかんねーよ。」
「じゃあどうして航さんは女子の気持ちがわかるんですか?」
「教えねー。」
「航さんだけずるいです。教えてください。」
「教えねーよ。」
「航さん!」
「それ以上言ったら顔に落書きするぞ。このペン、油性だよな…。」
「航さん!ずるいです!」

 いつまでもじゃれあうふたり。
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