となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 帰り支度を済ませ更衣室を出ると、丁度堀野さんと一緒になった。二人で他愛もない話をしながら、職員の通用口となっている裏口を出た。


 駅に向かって歩き出すと、数メートル離れた正面玄関から、広瀬社長が出てくる姿が見えた。その瞬間、胸の音が激しくざわつき出した。

 広瀬社長はそのまま車の運転席のドアの前まで行くと、クルリと向きを変え、ドアに寄り掛かるよにしてこちらを見ている。
 幸いにも、駅への道は広瀬社長のいる駐車場とは逆方向だ。しかも、周りには帰りが一緒になった社員が数人いる。広瀬社長が、私に気づく事は無いだろ?

 でも、あんなところで何をしているのだろう? うちの社長と食事の約束でもしたのだろうか?


「広瀬社長って、遠くから見てると本当にいい男よね。でも、近くづくなってオーラが強くて、声なんて掛けられないわよね」

 堀野さんの声に、はっと我にかえる。

「そうですねー」

 と、無難な返事をするが精一杯だ。


「そうよね。さっきから、篠山さんずーっと、広瀬社長を目で追っているものね?」


「えぇー そうんな事ないですよー」

 自分でも、わざとらしいと思えるような声が出てしまった。


「へぇー。篠山さんて、広瀬社長みたいなクールな人が好みなんだ?」

 堀野さんが、何か確信したように横眼で私を見た。


「違いますよ。あんな雲の上の人」

 そうでだ、雲の上の人…… 自分で言ったのに、なんだか妙に落ち込んだ。

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