となりに座らないで!~優しいバレンタイン~
 山ノ内建設の入り口を入ると、会いたかった顔がそこにあった。
 ちゃんと出社していてくれて良かったと、ほっと胸を撫でおろす。

 すぐにでも、なぜ消えたのか問いただしたい、いや抱きしめたい。

 でも、そんな事が出来る状況でもなく、俺はひたすら平常心を保った。


 彼女に、社長室まで案内される。今夜また会おうと伝えたいのに、この小さな会社の社長室までは数秒で着いてしまった。


 がっくりと肩を落とし社長室へ入る。

「おお、一也かどうした?」

 あっ。しまった、何の要件も考えて無かった。


「ああ…… おじさん元気かと思って?」

「はあ? この間会ったばかりだろ?」
 
 社長のおじさんは、呆れた顔を向けた。


「まあ、たまにはいいだろ?」

「まあな…… だが、俺は忙しいから構ってやれんぞ」

 おじさんは、ふっと笑って言った。

 そうこうしているうちに、定時のチャイムがなった。


「じゃあまた……」

 俺は、社長室を飛び出した。だが、受付に彼女の姿は無かった。
 でも、まだ社内にいるはずだ。俺は、車の前まで行くと、社員用の通用口を見た。

 すぐに彼女は出てきたが、他の社員達と楽しそうにしゃべりながら俺に気づかずに行ってしまった。俺は、車に乗り込むと、彼女が向かうであろう駅へと向かった。


 駅前で、職場の女性と別れる彼女を見つけると、近くのパーキングへと車を停めた。

 すぐに、彼女に声をかけようとしたが、スマホを見て表情を変えた姿に、俺は激しく動揺していた。
 彼女は何処へ行くのだろう?
 目の前のカフェに入った彼女に近づいた。悪いと思ったが、彼女が手にしたスマホの画面がチラリと見えた。

 俺は彼女の隣りに座った。


 旨いもんでも食べて忘れてしまえばいい……
 

 




 


 
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