溺愛の価値、初恋の値段
オムライス契約を結ぶ
その日、わたしはどうしてもオムライスが食べたかった。

ところが、冷蔵庫の中には、肝心の卵がない。朝にはあったはずなのに。


(そう言えばお母さん、お店でだし巻き卵を作るって言ってたっけ……?)


わたしのお母さんは夜に働いているので、小学生の頃から夕食は自分で作っている。

中学二年生となったいまでは、その日その時冷蔵庫にある物で料理を作れるほど、レパートリーは豊富だ。卵がないなら、卵を使わない料理にすればいいだけのこと。

でも、どうしても今日はオムライスの気分だった。


(しようがない。買いに行こう)


スーパーまでは、歩いて五分もかからない。制服のまま、帰って来たばかりのアパートを出た。

コートを着込むほどではないけれど、秋の夕暮れはちょっと肌寒い。
マフラーをしてくればよかったと思いながら、足早にスーパーへ向かう。

お目当ての卵が特売になっていたので、ふたパックほど買い求め、アパートへ帰る近道の小さな公園に足を踏み入れ、立ち止まった。

ベンチに座る黒い人影がある。
不審者かもしれないと後退りしかけた時、人影が振り返った。


「あ……飛鷹(ひだか)くん」


女の子と言われても頷いてしまいそうな、繊細な顔立ちと少し長めの髪。中学校の制服を着たその人をわたしは知っていた。


「え……? 知り合いだっけ?」


怪訝な顔をされ、わたしは彼を知っているけれど、彼がわたしを知るはずはないのだと気がついた。

頭が良くて、かっこよくて、スポーツ万能。少女漫画のヒーローになれそうな彼は、中学校の有名人だけれど、わたしはちがう。

勉強もスポーツもまったくできないし、かわいいわけでもなく、話が面白いわけでもない。いじめられてはいないけれど、地味でダサいとクラスメイトに陰で馬鹿にされているような存在だ。

でも、辛くはない。

なぜなら、そう思われるように努力しているからだ。
< 10 / 175 >

この作品をシェア

pagetop