溺愛の価値、初恋の値段


「いらっしゃいませ、飛鷹さま。こちらへどうぞ」


ドアの向こうではスーツ姿の店員が待ち構えていて、流れるような所作でわたしたちを奥へと(いざな)う。

一軒家のような店の中は、クリーム色の壁や磨き込まれた焦茶色の木製の床と柱、オレンジがかった照明と、一貫して温かみを感じさせる造りだった。

通されたのは、丸いテーブルに椅子が二脚あるだけの小ぢんまりした個室。

壁に架けられた絵は、桜。

照明も桜の花びらを模したもの。テーブルクロスやナプキンにも桜の花がさりげなく刺繍されている。

座り心地のいい椅子に腰を下ろし、差し出されたメニューを受け取ろうとしたら、飛鷹くんに取り上げられた。


「ワインは、飲みやすくて軽いものを。あとは……シェフ特製オムライスを二人分、お願いします」


「え」


注文を聞いた店員は「かしこまりました」とだけ言って、去って行く。
パタン、とドアが閉まるなり、わたしは声を潜めて訊ねた。


「ひ、飛鷹くん……おむ、オムライスって……このお店って……高級レストラン……」


どう見ても、このお店はただの洋食屋ではない。絶対に、超高級なコース料理を楽しむお店のはず。オムライスなら、わたしの乏しいお財布の中身でも支払えそうだけれど、空気を読まない客だと追い出されないだろうか。

焦るわたしに、飛鷹くんはにやりと笑う。


「確かに、ここはフランスの三ツ星レストランで修行したシェフが、十年ほど前に開いたフレンチのお店で、予約は三か月先まで埋まってるほど人気がある。でも、単に予約しただけじゃ食べられないのが、裏メニューのオムライスなんだよ。シェフ特製オムライスを食べられるのは、シェフと親しい人か常連客だけなんだ」


「裏メニュー……」


有名なシェフが作るオムライスなら、さぞかし美味しいにちがいない。


(ちゃんと、味がわかったらよかったのに……)


心の底から美味しいと言えないのに、軽々しく外食することに応じた自分の軽率さが悔やまれた。

お店を予約してくれた飛鷹くんにも、作ってくれるシェフにも申し訳ない。
ただ、飛鷹くんのオムライス愛が満たされることを祈るばかりだ。


「そんな有名なシェフとも知り合いだなんて、飛鷹くんはやっぱりセレブなんだね」

「だから、セレブとか恥ずかしいからやめてって言ったよね?」


別人ではない、いつもの飛鷹くんに睨まれて首を竦める。


「……ご、ゴメンナサイ」

「高級フレンチなんて、俺だって滅多に食べないよ。予約するのに、ロメオの父親のコネを使ったんだ」

「飛鷹くん……本当にオムライスが好きなんだね?」

「好きだよ。初めて海音が作ってくれた料理だからね」

「…………」


いきなりとんでもない言葉を投げかけられて、返す言葉に詰まる。
そんなわたしに、飛鷹くんは追い打ちをかけた。


「好きな子が、自分のために作ってくれた手料理を好きになるのは、当たり前だと思うけど?」


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