溺愛の価値、初恋の値段


(ど、どうすればいいの? なんて返すのが正解? 返しをまちがったら、何をされるかわからなくて怖い……フランス語のしりとりとか、無理なんだけど)


わたしが助けを求める声を聞きつけたのか、絶妙なタイミングで給仕がワインを持って来てくれた。

スパークリングと白、ロゼの中から、一番飲みやすいと勧められたスパークリングにしてもらう。

形ばかりの乾杯をして、味もありがたみもさっぱりわからないまま、ぐいぐい飲み干す。


「海音。そんなにペース早いと酔っ払うよ? もう、顔が桜色になってるし」

「こ、これは、飛鷹くんが変なことを言うから……」

「変なことじゃない。本当のことだよ。海音が作ってくれたオムライスより美味しいと思えるものには、未だ出会っていないから」

「でも、このお店のオムライスを食べたら、変わるかも……」


わたしの作るオムライスが、一流シェフの作るオムライスにかなうはずがない。


「変わらないよ」


自信たっぷりに飛鷹くんが言った時、オムライスが運ばれて来た。

大きな白いお皿に載せられた、緑のブロッコリーとミニトマト。鮮やかな黄色のオムライスには、赤いソースでそれぞれわたしたちの名前とハートマークが書かれている。


いかにも……オムライスだ。


「すごく……オーソドックスだね」

「そうだね」


卵の生地の下には、ごく普通のチキンライスが隠れている。

具材は、鶏肉、タマネギ、ピーマン。ひと口食べてみたけれど、やっぱり味はしない。

それでも、美味しそうに食べる飛鷹くんの顔を見ていると『美味しい』んだなと思う。

ほろほろと崩れるごはん。スプーンを入れた時の卵の弾力。食べ進むうちに、なんだか懐かしくなった。

飛鷹くんと毎週金曜日にオムライスを食べるようになった頃よりも、もっとずっと昔。お母さんと食べていた頃のことを思い出す。


「そう言えば、海音が作るオムライスの中身……チキンライスには、ピーマン入ってなかったよね?」

「うん。あのね……わたしが初めて自分で作れるようになった料理は、オムライスなの。小さい頃のわたし、ピーマンが大嫌いだったんだけど、お母さんはチキンライスに必ずピーマンを入れてたの。オムライスを食べたければ、どうしてもピーマンを食べなくちゃいけなかった。でもある日、自分で作ればピーマン抜きに出来るんだって気づいたの。それから料理するようになって……。だから、わたしが作るオムライスはピーマン抜き」

「ふうん? でも、ピーマン以外は……海音の作るオムライスと同じ味がする」

「そうかな? よくわからないけど……」


どんな味かはわからないけれど、どうせお世辞だろうとわたしは曖昧に笑ってごまかした。

飛鷹くんは、あっという間に完食し、わたしも気がつけば完食していた。
いつもなら絶対に残してしまうような量だったのに、お皿の上にあるのはミニトマトのヘタだけだ。

< 102 / 175 >

この作品をシェア

pagetop