溺愛の価値、初恋の値段
「わ、たし……ぜんぜん……知りませんでした」
わたしは、初めて知る自分の名前の由来に、お母さんがどれだけお父さんのことを――わたしのことを愛してくれていたかを思い知った。
「僕は、君の存在すら知らずに、呑気に自分が好きなことをして過ごしていた酷い父親だ。咲良にも、君にも、なんと言って詫びればいいのか……本当に、申し訳ない」
そう言って、音無さんは項垂れるようにして頭を下げた。
きっと、若くして異国に渡り、厳しい料理の世界で辛くて悔しい思いを何度もしただろう。日本に帰りたいと思ったことだって、あるだろう。
それでも諦めなかった人が、呑気に過ごしていたわけがない。
三か月先まで予約が埋まるような店を持つシェフになるなんて、生半可な努力でできることではない。
「音無さん。謝らないでください。謝る必要なんてない。お母さんは、お父さんのことを話してくれなかったけれど、恨んだり、憎んだりなんかしていなかったと思います。だって、わたしにいつも美味しいオムライスを作ってくれたから。どうして嘘を吐いたのかわからないけれど、本当は会いたかったんだと思います」
どうしてお母さんが結婚したと嘘を吐いたのか、わからなかった。
最期に、音無さんに会いたいと思わなかったのだろうか。
その答えは、飛鷹くんが知っていた。
「海音の言うとおりだと思います、音無さん。咲良さんは、両親や周囲の人たちに、何度問い詰められても、頑として海音の父親の名前を言わなかった。海音本人にすら言わなかった。あなたが夢を叶える邪魔をしたくなかったんですよ、きっと。もしも、病気にならなかったら、海音のことは一生胸に秘めたままだったと思います。でも、あなたが日本に帰って来ると聞いて、海音のことを話そうと決心した。ただ……音無さん、咲良さんに未練があるようなことを言いませんでしたか?」
飛鷹くんの言葉に、音無さんは「図星だ」と言って苦笑いした。
「咲良は……僕が、店に彼女の名前を付けたいと言ったら、センスがないって笑ったんだよ。いまさらプロポーズしても遅い。もう人妻なんだって。ものすごくかわいい娘がいるんだって、さんざん自慢して……。僕もいい加減年なんだから、誰かいい人を見つけてさっさと結婚しろって言われたよ」
「咲良さんは、自分がひとりで海音を育てていて、しかも余命わずかだと知ったら、あなたが罪悪感に苛まれるだろうと思ったんでしょうね」
「馬鹿だな……咲良は。僕を罵って、酷い男だと言い触らして、慰謝料でもむしり取ってやればよかったのに。相変わらず……人を恨んだり、憎んだりすることを知らない、世間知らずのお嬢様のままで……」
大きく息を吐き、音無さんはわたしをまっすぐ見つめて問いかけた。
「海音さん。近いうちに、改めて会ってもらえないだろうか? 僕は、これまで君の父親としてまったく役に立てなかったけれど、これからは頼りにできる人間の一人に加えてほしいんだ。少しでもいいから、君の人生に関わらせてくれないかな? その……もしも、迷惑でなければだけれど」