溺愛の価値、初恋の値段
お母さんがひとりで苦労しなければならなかった責任の一端が、この人にあるとわかっても、恨んだり、憎んだりする気持ちはぜんぜん湧いてこなかった。
言い訳をせず、真摯に当時の事情や気持ちを話してくれたこの人が、わたしのお父さんでよかったと思う。
でも、わたし以外に、音無さんに家族がいるのなら、その幸せを邪魔したくなかった。
「ありがとうございます。でも、ご家族に……奥さんやお子さんにとって、わたしの存在は……」
「いないよ。僕は独身。一度も結婚していない」
「独身……?」
(一流のシェフで、ぜんぜんオジサンには見えないイケメンなのに?)
「海音、声に出てる!」
飛鷹くんに小声で指摘され、ハッとして口を噤んだけれど、遅かった。
「いや、気にしないで。君の彼氏みたいにイケメンじゃないけれど、気持ち悪いオジサンだと思われていなくて、ほっとしたよ」
「……ゴメンナサイ」
わたしは赤面して俯いた。
「僕はね、ぜんぜん女性にモテないんだ。お見合いもしてみたけれど、五回連続でお断りされて諦めたよ。気が利かなくて、女性と一緒にいても料理のことばかり話してしまうし、甘い言葉を囁くなんて、想像しただけで気が遠くなる」
なんの抵抗もなく甘い言葉を囁ける飛鷹くんとは大違いの音無さんに、強い親近感を覚えてしまう。
「わ、わたしもです! 自分の気持ちを言葉にするのは恥ずかしくて……」
「そんなところが似ているのは……僕たちが親子だからなのかもね?」
そう言って、音無さんは優しく笑った。