溺愛の価値、初恋の値段
わたしはこの街に引っ越してくる前、通っていた小学校でいじめられていた。
男子からは「ケバい」「エロい」と言われ、女子からは「男好き」「ヤリマン」などと言われていた。
メイクなんてしたこともなかったし、胸だってそれほど大きかったわけではない。好きな男子もいなかった。
いじめられる原因は、お母さんの仕事にあった。
わたしのお母さんは、いわゆる水商売――スナックの『ママ』をしている。
お母さんは、お客さんとはあくまでもお店だけのお付き合いをしているけれど、「不倫している」「お金持ちの愛人をしている」という嘘だらけの噂は、いつもつきまとった。
お母さんの仕事を恥ずかしいと思ったことはない。
でも、わたしが学校でいじめられ、トラブルを起こすたび、お母さんは自分のせいだと言って謝った。
だからわたしは、中学入学と同時に隣街へ引っ越したのを機に、見た目を変えることにした。
レンズに度の入っていない黒縁の眼鏡をかけ、長い髪は二つに分けて三つ編みに。
スカートの丈も制服のリボンの結び方も、きっちり校則どおり。
読書は嫌いだけれど、休み時間は本を読むふりをする。
勉強も嫌いだけれど、時々、放課後の図書室で、ちんぷんかんぷんの参考書を広げてみたりもする。
クラスメイトに何か言われても、言い返したりはせず、作り笑いでごまかす。
偽装しているのがバレると困るので、友だちは作らない。
彼氏も、好きな人も、もちろん作らない。
努力の甲斐あって、ダサ子、地味子、ガリ勉などのありがたいあだ名をちょうだいし、いじめられることも注目されることもなく、平穏無事な中学校生活を送っている。
そんなわたしを飛鷹くんが知るはずがなかった。
知ってほしいとも、思わなかった。
飛鷹くんと関われば、とても面倒なことになる。
わたしたちが通う中学校には『飛鷹くんファンクラブ』なるものがあって、抜け駆けした子がほかの会員たちからのえげつない報復に遭い、転校した……という噂がある。
とっても怖い。
「えっと……あの、ごめんなさい」
謝って立ち去れば、それで終わる。
そう思ったのに、なぜか飛鷹くんはつっかかってきた。
「は? 何が? なんで謝るの? あんた、俺に何かしたの? 意味わかんないんだど。ちゃんと説明してくれる?」
いつもニコニコキラキラと王子様スマイルを炸裂させている飛鷹くんのブチキレ具合に、わたしは固まった。
(だ……ダレデスカ、コレ)