溺愛の価値、初恋の値段
「次のレッスンも楽しみね」
「楽しい上に、美味しいし、先生のお話も面白いし……」
「さようなら、先生!」
道幅いっぱいに広がる女性たちの後ろでモタモタしていたら、水色の封筒が目の前に現れた。
「ご興味あれば、ぜひ」
「あの、でも……」
封筒を差し出したのは、入り口で彼女たちに手を振っていた白いコックコート姿の若い男性だ。
「この近くにうちの学生が運営しているカフェもあるんですよ? 一般のお店よりリーズナブルですから、ぜひお立ち寄りくださいね」
(どうせもらっても、ごみ箱行きなんだけど……)
振り返った女性たちの視線が痛い。
押し問答になるのも面倒なので、受け取った。
「ありがとうございます」
会釈をし、ひそひそ話している女性たちの脇をすり抜けて、足早に歩く。
少し先の角にカフェらしき看板を見つけ、ほっとした時、背後から誰かに呼び止められた。
「湊さんっ!」
わたしを呼び止めたのは、京子ママと同じくらいの年齢に見える中年の女性だ。
先ほどの一群の中にいたのかもしれない。
最初は、誰かわからなかった。
でも、近づくにつれその顔がはっきりと見えてきて……驚いた。
それは、十年という歳月を経ても、変わらず美しい飛鷹くんのお母さんだった。
「待ってっ! 海音さんっ!」
思わず後退りしかけたが、逃げ出すより早く腕を掴まれる。
「ま……待って、おねが、い……」
わたしの腕を握ったまま、息を切らせて俯いていた飛鷹くんのお母さんは、しばらくして呼吸が整うと顔を上げた。
「驚かせてごめんなさい。でも……どうしても、あなたと話がしたいの」