溺愛の価値、初恋の値段
飛鷹くんのお母さんは、先ほどの調理師専門学校の学生が運営するカフェ――立ち寄るつもりでいたカフェに、わたしを誘った。
アンティーク調の家具で整えられた店内は、コーヒーのいい香りに満ち、落ち着いた雰囲気が漂っている。
メニューはシンプルなものから、学生たちが考案したと思われる変わり種まであり、コーヒーの種類も豊富だ。
初々しさの残るウェイトレスの女の子に、オリジナルブレンドのコーヒーを注文する。
「…………」
コーヒーが運ばれてくるまでのわずかな時間が、果てしなく長く感じられた。
膝の上に置いた手をきつく握りしめる。
飛鷹くんのお母さんが話したいことと言えば、飛鷹くんのことしか考えられない。
(もしかして、同居しているのを知っていて……?)
二度と関わるなと言われたのに、一緒に住んでいることを責められるのだろうか。
お金を返しても、あの時の取引は無効ではないと言われるのだろうか。
そんなわたしの不安を知ってか、飛鷹くんのお母さんはまったく関係ないことを口にした。
「わたし、そこの学校の料理教室に通っているのよ」
その視線の先には、わたしがさきほど貰った水色の封筒があった。
「え……あ、そうなんですね」
「料理に興味はなかったし、できなくとも困ったことはなかったんだけれど……食べてくれる人がいると、案外楽しいものだと最近気づいたの。教え方も丁寧だし、おすすめよ。と言っても……あなたは料理が得意だったわね?」
「いえ、それほどでも……」
再び、沈黙が落ちる。
ようやく届けられたコーヒーをひと口飲んで、飛鷹くんのお母さんはぽつりと呟いた。
「あれから十年も経つのね……」
やはり、何と答えるべきかわからずに、わたしは俯いたまま沈黙を返すしかなかった。
「お母さま、亡くなったそうね?」
「……は、い」
「海音さん」
名前を呼ばれて顔を上げると、飛鷹くんのお母さんが深々と頭を下げた。
「ごめんなさい」
「え……あ、のっ!」
「あの時、お母さまのご病気のことを知らなかったとは言え、あなたに酷いことをしてしまったわ。本当に、ごめんなさい」
「ど、どうか、頭を上げてください」