溺愛の価値、初恋の値段
顔を上げた飛鷹くんのお母さんは、大きな目を潤ませていた。
音無さんに続き、自分よりもずっと大人である人の涙に動揺しながら、鞄から取り出したハンカチを差し出す。
「ありがとう……ごめんなさいね? みっともなくて……」
「いえ……」
「言い訳になってしまうけれど、あの頃、わたしは夫との仲がうまくいっていなくて……空也が高校に入学してすぐに、飛鷹の家を出て別居したの。それからは、ほとんど海外で過ごしていて……。だから、あなたがお金を返しに来てくれたことも、長い間知らずにいたのよ」
ぎゅっとハンカチを握りしめ、眉根を寄せる。
「一年前、飛鷹と正式に離婚することになって、私物を処分するためにあの家へ戻った時、初めてあなたがお金を返しに来たことを知ったの。別居中は、飛鷹とは一切連絡を取らなかったし、飛鷹の家には近寄りもしなかったから。空也にも、会いたくないと言われていたし……」
飛鷹くんのお母さんは、自嘲の笑みを浮かべた。
「空也はね、あの日以来、わたしと会うことはおろか、電話にも出てくれなくなったの。ほんの先々月まで。ずっと……十年近く、絶縁状態だったのよ」
「え……」
「あなたのことで大事な話があると言って、ようやく会ってもらえたの。わたし……あなたがお金を返しに来たことを知って、人を使ってあなたのことを調べたのよ。もしかしたら、空也とまだ連絡を取っているんじゃないかと思って。だから、あの子はわたしに会ってくれないんじゃないかと思って……。でも、あれから一年も経たずにあなたのお母さまが亡くなったと知って……」
目元をハンカチで押さえ、震える息を吐き出すその姿は、とても弱く、脆く見えた。
「謝罪しなくては、と思ったわ。でも、わたしにはその勇気がなかった。空也にも、正直に打ち明ける勇気がなかった。きっと、本当のことを知ったら、今度こそ親子の縁を切られてしまうと思うと、怖くて……。そんなわたしに、夫が言ったの。あなたに何をしたのか、包み隠さず空也に告白し、あなたに誠心誠意、謝るべきだ。そうしなければ、わたしはこの先一生、苦しむことになるって……」
ハンカチを握りしめる飛鷹くんのお母さんの左手の薬指には、結婚指輪があった。
(離婚、したんじゃなかったの……?)
訝しく思うわたしの視線に気づくと、首を横に振った。
「飛鷹とは離婚して、先月、別の男性と再婚したのよ」
「そう、ですか……おめでとうございます」
「ありがとう」
そう言った飛鷹くんのお母さんの表情は、あの頃とは別人のようだった。
きっと、いまの暮らしが、幸せに満ちているのだろう。
大事そうに、指輪を撫でる仕草からは、深い信頼と愛情が感じられた。