溺愛の価値、初恋の値段
「あ、の……飛鷹くんの携帯ですよね?」
もしかして、間違った番号を押してしまったのかと思い、念のため確かめる。
でも、その返事は、わたしの予想を遥かに超えていた。
『ええ、そうよ。空也はいま、シャワーを浴びてるから、用件があるなら伝えるけれど?』
(シャワー……?)
激しい動悸で頭に血が上り、こめかみがズキズキしてくる。
「……あの……ロメオさんがミーティングの連絡をして来て……」
『しかたないわね、空也ったら……』
苦笑まじりで「空也」と親しげに呼ぶ声に、予感がした。
「葉月さん……」
知らず、声が漏れていたようだ。
『ええ、そうよ。あなたは海音さんよね?』
「は、はい」
『体調が良くなかったと聞いたけれど、もう大丈夫なの?』
「はい、おかげさまで」
『転んでできた額の怪我も治ったのかしら?』
「え……あ、はい」
接触事故だと言うわけにはいかなかったのだろうと納得しかけ、続けられた言葉に耳を疑った。
『あの時は、驚いたわ。あなただと気づいた空也が車を止めさせた瞬間、いきなり目の前で倒れるんだもの』
「見て、いたんですか……?」
『わたしも一緒に乗っていたのよ』
事故だと思っていたものが、そうではなかったと知り、驚きのあまり声も出なかった。
(だったら、どうして? どうして、接触したなんて言ったの……?)
茫然とするあまり、電話の向こうで葉月さんが何を話しているのか、よく聞こえない。
『……というわけだから、今夜はここに泊まらせるわね?』
次々と耳に飛び込んで来た言葉の渦に呑み込まれ、わたしの思考はすっかり停止した。
「……わかり、ました」
『ロメオには……』
「わたしから連絡しておきます。失礼します」
機械的に答え、電話を切る。
とりあえず、ロメオさんに飛鷹くんは会議に出られそうにないとメッセージを送った。
考えなくてはならないことがあるのに、何から考えればいいのか、わからない。
ベッドに横たわり、目をつぶっても、頭の中では受け取った情報の断片がぐるぐると回り、消えてくれない。
眠れぬままに時間が過ぎ、夜が明けても……
飛鷹くんは帰って来なかった。