溺愛の価値、初恋の値段
よほど驚いたらしく、飛鷹くんは勢いよく起き上がった。
「どこで?」
「通りすがりに、偶然。ロメオさんのお父さんにも会って、鉄板焼きをごちそうになったの」
「…………」
「今度、わたしと飛鷹くん、ロメオさんも一緒に食事に行きましょうって、言ってたよ。都合のいい日を教えてくれたら、わたしから連絡するね?」
茫然とする飛鷹くんに、それ以上何か言っても耳に入らない気がした。
「……いってきます」
玄関を出て、エレベーターのボタンを力任せに押す。
雅に早めにお店へ行くとメッセージを送り、ちょうど到着したエレベーターに乗り込もうとしたら、いきなり背後から抱きしめられた。
「海音っ」
ふわりと包まれた瞬間、「いやだ」と思った。
飛鷹くんの匂いが、いつもと違う。
ホテルに備え付けのアメニティを使っただけなのかもしれない。
けれど、自分の知らない香りを纏う彼の腕の中では、自然と身体が強張ってしまう。
「……あのっ……飛鷹くん、待ち合わせに遅れちゃう……」
「あとで……海音に話したいことがある。今夜は無理だけど、明日」
飛鷹くんの口調から、話とは、嬉しいことや楽しいことではないとわかる。
いやだと言っても、引き下がるような飛鷹くんではない。
逃げられるはずがない。
でも、せめて明日までは、考えたくない。
「わかった。じゃあ……明日」
わたしを抱きしめていた腕の力が緩み、解放される。
「いって、きます……」
エレベーターに乗り込んで、ドアを閉める。
『いってらっしゃい』
ガラス越しに聞こえた声に顔を上げる。
飛鷹くんは、昨日見た、彼のお母さんとよく似た笑みを浮かべていた。