溺愛の価値、初恋の値段
『CAFE SAGE』
ガラス窓にセージの花が描かれたお店のドアを開けるとコーヒーの香りに出迎えられた。
「こんにちは……」
「海音ちゃん!」
カウンターの奥にいた征二さんは、わたしを見るなり優しい笑みを浮かべた。
ここは、昨年の夏、征二さんが開いたお店だ。
征二さんは、もともとバーテンダーではなくバリスタを目指していて、海外のカフェで働いていた経験もある。
自家焙煎の豆を使ったオリジナルブレンドのコーヒー、エスプレッソ、おしゃれなラテアートがメニューに並ぶ。日が暮れてからは、頼まれればオリジナルのカクテルも出す。
五人ほどが座れるカウンター席と二人掛けのテーブル席が四つという小さなお店は、女性のおひとり様でも入りやすく、密かな人気を集めている。
いまはまだ、征二さん一人で切り盛りしているけれど、いずれ京子ママも自分のお店を閉めて、彼を手伝うつもりらしい。
征二さんがバーテンダーになったのは、京子ママを支えるため。
だから、今度は京子ママが征二さんを支えるのだという。
昨年、京子ママと征二さんに「結婚した」と報告された時には、本当に驚いた。
二人は、親同士の再婚で姉弟となったため、血のつながりはなかったらしい。
姉弟から夫婦になろうと決心したのは、再婚・離婚した親たちがみんな亡くなって、二人が姉弟であることを咎める人がいなくなったから。
京子ママは「ようやく陽の当たる場所で、征二と生きていけるのが嬉しいの」と微笑んでいた。
「あの……心配をかけて……」
「謝らない! 海音ちゃんは何も悪くないんだから」
「……はい」
「何がいいかな?」
「ええと……おまかせで」
「了解」
カウンターの向こう側で、征二さんがきびきび動く様子をぼんやり眺める。
「飛鷹くんとの同居はどう? 仲良くやってる?」
「あ……はい」
「十年ぶりだから、戸惑うことも多いだろうね?」
「はい。わたしが知っている飛鷹くんとは違うところも多くて……」
「彼は真面目そうだから、大人になるまでいろんなことを我慢してたんじゃないかな」
「いろんなこと……」
征二さんの言う「いろんなこと」の意味を考え、つい赤面してしまう。
「それで……何か、あったの? ちょっと疲れてるみたいだけど」
付き合いの長い征二さんは、なんでもお見通しだ。
でも、飛鷹くんが外泊したことを相談するわけにもいかない。
彼とわたしは恋人同士ではないし、彼の行動を咎める権利はわたしにはない。
それに、どうせ聞いてもらうなら『いいこと』のほうを聞いてもらいたかった。
「あの……わたしのお父さんに、会いました」
「そう」