溺愛の価値、初恋の値段

「その辺、適当に片付けて座っててね! あ、お茶飲む? ウーロン茶だけど」
 

アパートに飛鷹くんをお持ち帰りしたわたしは、彼を狭苦しい居間に座らせて、さっそく台所へ。

おもてなししなくてはと、冷蔵庫からお茶のペットボトルを取り出して振り返り、仰け反った。


「ひっ」

「ねえ、本当にあんた、料理作れるの?」


背後に立っていた飛鷹くんに、疑いのまなざしを向けられる。


「つ、作れるよ。小学生の時からお料理しているし」

「母親、いないの?」

「いるよ。でも、夜遅くまで仕事してるから」

「父親は?」

「いないよ」

「ふうん……」


飛鷹くんの興味なさそうな返事に、ほっとした。

父親がいない、母親が夜働いていると話すと「かわいそう」とか「大変だね」と言われることがしょっちゅうで、いつも返事に困るのだ。


「飛鷹くん、座ってていいよ。これ、飲んで」


二部屋しかない狭いアパートだから、当然台所も狭い。
二人並ぶと窮屈なので、ウーロン茶のペットボトルとコップを押し付けるように渡す。


「あ、そう言えば、嫌いなものとかアレルギーとかある?」

「ない」

「ごはん、冷凍のでもいいかな?」

「うん」


なぜか飛鷹くんは、ウーロン茶のペットボトルを抱えたまま、台所から離れようとしない。


「あのさ、飛鷹くん……」

「なに?」

「き、気になる……」

「なにが?」


こちらの気持ちを推し量ってくれそうもないので、思い切ってはっきり言う。


「……見られていると緊張するから、座っててほしい。テレビでも見てて」


飛鷹くんの顔が、少しだけ赤くなった。


「わかった」


飛鷹くんが、大人しく狭い居間の小さなテーブルの前に落ち着いたのを確認し、眼鏡を取ってブレザーを脱ぐとエプロンをした。

まずは、みじん切りにしたタマネギ、ニンジンを炒め、鶏肉、ごはんを加えてチキンライスを作る。隠し味にカレー粉を少々。ピーマンは抜き。

いつまで経ってもテレビの音がしないので気になってちらりと振り返れば、なんと、飛鷹くんは教科書とノートをテーブルの上に広げて勉強している。


(学校以外でも勉強するなんて、本当に勉強好きなんだ……)


真面目な飛鷹くんに感心しながら、チキンライスに使ったものと同じ具材にピーマンを足して、コンソメ味のスープを作る。

スープが出来上がる頃合いを見計らって、卵を溶いてフライパンへ流し込む。
かき混ぜてふんわりさせたところへチキンライスを入れ、慎重に卵の皮で包み込み、お皿に移す。

ブロッコリーとミニトマトを添えて、いざケチャップで飛鷹くんの名前を書こうとして首を傾げた。

学校の廊下に貼り出されるテストの順位表で、飛鷹くんはいつも一番のところに名前があるので、『空也』と書くことは知っている。

でも、読み方がわからなかった。


「飛鷹くんの名前、なんて読むの?」

「くうや」


おしゃれにローマ字にしようかと思ったけれど、綴りに自信がないのでひらがなにして、ハートマークを足してみた。


(うん、かわいい!)


自分の分もおそろいにした。


「できたの?」

「うん。テーブルの上、片付けてくれる?」

「台拭きは?」


飛鷹くんはノートと教科書を床に置き、わたしが手渡した布巾でテーブルの上を拭いてくれた。
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