溺愛の価値、初恋の値段
お腹いっぱいになって征二さんのお店を出たわたしたちが向かった先は、有名なファッションブランド店が軒並みテナントで入っている駅ビルだ。
雅は、近々、ロメオさんのお父さんと高級レストランで会うことになっているが、相応しい服を持っていないらしい。
「ここ二年くらい、病院と寮の行き来しかしてないから、ちゃんとした服がなくって。学生時代の服は、子供っぽいし……」
「雅なら、何を着ても似合うと思うよ?」
「海音! いい加減なこと言わず、ちゃんと選んで!」
気合の入った雅は、駅ビルを上から下まで、あらゆる店を梯子し、一流シェフのお目にかなう上品なワンピースを探し求める。
あのジェズアルドさんなら、美人の雅が何を着ていても上機嫌なことまちがいなしだと思うけれど、義理のお父さんになる人には、特別気に入られたいものなのだろう。
あれもだめ、これもだめとさんざん迷った末に、雅とわたしと店員さんの意見が「よく似合っていて、上品に見える」と一致したのは、爽やかなミントグリーンのワンピースだった。
おすすめ上手の店員さんに乗せられて、靴やバッグまで買い揃えた雅は、「当分、節約生活だわ……」とげっそりした顔で呟いていた。
◆
「んー! どれもこれも美味しい!」
「どれもこれも、綺麗だね?」
すっかり歩き疲れたわたしたちは、羽柴先生が行きつけにしているカジュアルな日本料理のお店で、早めのディナーを取ることにした。
出てくる料理はどれも見た目が美しく、味はわからなくとも、見ているだけで幸せな気分になれる。
「ロメオが喜びそうなお店だわ」
雅は、さっそくロメオさんに料理の写真を送り、ロメオさんからは涙を流しているキャラクターのスタンプが送られて来た。
なんだかんだ言って、ちゃんと恋人らしいお付き合いをしているようだ。
「そう言えば、雅は……ロメオさんと一緒に、向こうへ行くの?」
「え? まさか! 日本で医師免許を取ったばかりで半人前なのに、そんなことしないわよ。第一、あっちで医者になるには、あっちの試験に受からなくちゃならないし」
「そうなんだ……でも、じゃあ遠距離結婚?」
ロメオさんがそんなことを容認できるはずがないと思いつつも確かめれば、雅は目を丸くした。
「海音、何も聞いてないの?」
「何を?」
「うーん……聞いてないなら、わたしの口から言わないほうがいいかもしれないけれど、でも、あの男に任せるのも……」
腕を組んでしばらく悩んでいた雅は、ロメオさんにメッセージを送った。
「海音たちは、これからのこと……何も話していないの?」
「これからって、飛鷹くんの家政婦の仕事が終わったあとのこと?」
「そうじゃなくって……海音は『飛鷹くん』と、どうなりたいと思っているの?」
「どうなりたいって……」
そもそも恋人ではないのだから、どうなりようもない。
「……考えたことない」
「あのね、海音……」
雅は、ロメオさんから返信があったのか、スマートフォンを一瞥するときっぱり頷いた。
「やっぱり、本人と話したほうがいいわね。今後の予定はどうなっているのかって、電話して訊いてみたら?」
「無理だよ。今夜も出かけるって言ってたし、忙しいのに邪魔したくないし」
「またそうやって、遠慮する! 彼女なら、少しくらいワガママ言ってもいいと思うわよ? 海音の場合、それでなくとも控えめすぎるんだから」
「彼女って…………誰が?」
「え……?」