溺愛の価値、初恋の値段
雅の箸から、たけのこがポロリと落ち、眉間に深い皺が刻まれる。
「付き合ってるんでしょ?」
「そう……なのかな? でも、雅みたいにプロポーズされたわけじゃないし、お付き合いしてくださいって言われたわけでもないし……ただ、一緒に住んでいるだけ……」
(好きだ、と言われたわけでもない)
わたしの気持ちは、十年前から継続中だけれど、飛鷹くんの気持ちは違う。
いまは、違うかもしれないけれど……わたしのことが、大嫌いだったはずだ。
「海音。いつまでも言いなりになってたら、都合のいい女扱いされるわよ?」
「都合、よくはないと思うけど……」
飛鷹くんにとって、わたしの存在はどちらかというと「都合がわるい」と思われる。
無職で、取柄もなく、お金持ちのお嬢様でもないわたしは、イケメンIT実業家に釣り合わない存在だ。
飛鷹くんは大丈夫だと言うけれど、もしマスコミに記事を書かれたら、葉月さんの時のような感じにはならないだろう。良くて「一般女性と交際」悪くて「愛人発覚」……。
「もう……海音は、自己評価が低すぎるのっ! あんたの場合、恰好から入ったほうがいいわね。仕事している時は、見かけ倒しじゃないんだし。Tシャツにジーンズじゃなく、毎日スーツ着なさい!」
「え、やだ……」
「やだじゃないっ!」
「スーツ着て、お掃除とかできないし」
「お掃除終わってから、スーツ着なさい」
「普通、家でスーツは着ないと思うけど」
「じゃあ、出かけなさいよ。就活してるんでしょ?」
「うん」
「どんなところを探してるの?」
「ええと……」
鞄の中に入れっぱなしになっていた求人票のファイルを引っ張り出す。
「いまエントリーしてるのは、不動産会社と食品メーカーの営業事務、IT関連会社の総務事務と……」
雅に条件などが書かれた用紙を手渡していたら、水色の封筒が現れた。
「調理師専門学校?」
「あっ……これは、偶然学校の前を通りかかった時に配っていて……」
「ふうん……?」
雅は、封筒の中に入っていたパンフレットを取り出してパラパラとめくり、「アッ」と声を上げた。
「これ、海音のお父さんじゃない?」