溺愛の価値、初恋の値段
飛鷹くんと一緒にいることが、当たり前になっていた。
もしかしたら、明日ここを出て行くように言われるかもしれないと思うと、足が竦む。
でも、逃げてはいけない。
今日、雅が話してくれたことは、まったく知らなかったことばかりだった。
飛鷹くんのお母さん――由紀子さんから聞いた話も、同じ。
いまの飛鷹くんのことを、わたしはほとんど知らない。
(訊いて……みよう。飛鷹くんは、わたしたちの関係をどうしたいのか。それから……昨夜のことも)
『わからなければ、訊くこと』
勉強を教えてもらっていた時、「わからない」と言わずにごまかそうとしたら、飛鷹くんにものすごく怒られた。
わからないことをわからないままにしておいたら、その先ずっとわからないままになると言われた。
(明日は、飛鷹くんが好きだったもの……オムライス以外のものを作ってみようかな。そうしたら……美味しいって言ってくれたら、ちゃんと話せる気がする)
昔、飛鷹くんと食べた料理を一つ一つ思い起こしながら、エレベーターを待つ。
(明日は、音無さんのところへ行くから……お昼はレンジで温められるものにして……夜はどうしようかな……)
頭を悩ませながら、エレベーターに乗り込んで十五階へ向かう。
途中、着信音がしてスマートフォンを取り出すと、音無さんから返信が来ていた。
サムズアップのスタンプ。
キャラクターではないところが、音無さんらしい。
くすりと笑い、開いたエレベーターのドアから一歩足を踏み出して、固まった。
開いたままの玄関ドアの前に、背の高い女性がいた。
その向こうには、背の高い男性。
彼女の細い背に回された腕に、絡みつく艶やかな栗色の髪。
見覚えのある腕時計。
顔を寄せ合い、抱き合った二人の距離は、ほとんどなくて――。
よろめいた拍子に、スマートフォンを取り落とした。
ガシャン、と無粋な音がして。
床を滑り、二人の足下に。
ハッとしたように顔を上げた男性と、目が合った。