溺愛の価値、初恋の値段
「え」
「自分好みに着飾らせるっていうの、一度やってみたかったんだよね。咲良といた頃は、貧乏で出来なかったし」
張り切る音無さんに車へ連れ戻され、向かった先は駅前にある大きなデパート。
フランス生活で超高級ブランドを見慣れているのか、音無さんは、近づくことすら畏れ多いようなお店にためらいなく入り、わたしに次々試着させ、普段買うものよりゼロの桁が確実に二つは多いであろう、シックなブルーのワンピースをあっさり購入した。
「服の次は、靴だね!」
再び、恐ろしくて値段を訊けないようなブランドのコーナーへ迷いなく進み、販売員に「彼女に似合う靴を選んでくれませんか」などという無茶ぶりをした。
そんなことが許されるのは、イケメンだからだろう。
十足以上もわたしに試着させた末、「足が一番綺麗に見えたから」とまたしても口説き文句をさらりと言って、真っ白なパンプスを購入。
化粧品も、ファンデーションが普段使っているものの二倍以上の値段がするブランドのコーナーへ。再び「彼女の魅力が最大限引き立つメイクを」などと恐ろしいお願いをし、フルメイクに使われた化粧品一式を購入。
次々と衝撃に見舞われたため、昨夜のことも一時忘れてしまうほどだった。
そうしてわたしを全身コーディネートした音無さんは、予定どおり高級フランス料理店へ舞い戻った。
「想像以上に楽しかったよ。癖になりそうだね」
「ソウデスカ……」
(音無さん、若い恋人ができたらさんざん貢ぎそう……ちょっと心配)
「いや、貢がないよ? 若い恋人ができる予定もないしね」
「あ」
またしても、声に出ていたらしい。
「ご、ゴメンナサイ……」
「ちっとも気にしてないよ。むしろ、心配してくれてありがとう」
にっこり微笑まれ、恐縮するしかない。
「メニューは、昔と変わっているものもあれば、変わらないものもあるね。咲良が唯一残さず食べていたのは、デザートのアイスクリームくらいだなぁ……」
ちらりと見せてもらったメニューには、聞いたことも見たこともない名前が連なっていた。
音無さんは、子羊、ホワイトアスパラガス、そら豆など春らしい食材を選び、量の多少に焼き加減や茹で加減まで、こと細かに注文した。
(わたしには、とてもできない……)
音無さんの我儘ぶりのおかげというわけではないだろうけれど、料理は芸術品のような美しさだった。
ソースの描く模様、食材の形、色、配置。
まるで絵画のようなそれに目を奪われ、ふと思った。
「食べるのが勿体ないって、思ったのかもしれませんね」