溺愛の価値、初恋の値段
「どういうことかな?」
「お母さん、綺麗なものとか、かわいいものが好きだったから。気に入ったものがあるとそのまま取っておきたいって、いつも言ってました」
「咲良ならあり得るかもなぁ……でも、料理は眺めるものじゃなく、食べるものなんだけどね」
苦笑する音無さんに、わたしも頷く。
最後のデザートはバニラアイスクリーム。お持ち帰り用に焼き菓子まで付けてくれた。
帰り際に、シェフがわざわざ挨拶に来てくれたけど、「あんなに注文が多いなんて、いやがらせか!」と音無さんをど突いていた。
渋滞に巻き込まれることなく、N市に戻った時には、午後八時を過ぎていた。
「まっすぐ、帰る? それとも、僕の家にもう一泊する?」
飛鷹くんのマンションへ向かうなら、この先の信号を右折しなくてはならない。
鞄の中から取り出したスマートフォンに、飛鷹くんからの着信はなかった。
音無さんに言われたことを守っているのだろう。
寂しい、というよりほっとした。
いま、電話が架かってきても、きちんと話せる自信がなかった。
「わたし……一度、自分のアパートに戻ります。少し、ひとりで考えたいので」
「住所は?」
アパートの住所を告げると、音無さんは「大体の場所はわかるけれど、詳しい道順は近くなったら教えて」と言い、それ以上は訊かなかった。
途中、いくつか切らしている食材を買いたいと言うので、スーパーに立ち寄り、一流シェフによるさまざまな料理のレシピ解説付きで売り場を巡った。
「おうちでも、やっぱり毎日お料理するんですか?」
「趣味でもあるからね。疲れている時は、しないけど。次は、今度こそフレンチをごちそうするからね? 海音さん」
「楽しみにしています」
わたしのまるで役に立たない説明でも、音無さんはきちんとアパートまで辿り着いた。
車を停め、ドアを開けて降りるわたしに手を貸してくれる。
そういう気遣いがさりげなくできるのは、海外生活が長かったせいかもしれない。
「海音さん。お願いがあるんだけど」
「はい?」
音無さんは、三つのことを約束してほしいと言った。
「何かあったら、電話して。今夜は、浴槽にお湯を入れて、ちゃんとお風呂に浸かること。それから……」
車の後ろに積んでいた先ほど買った食材をわたしに手渡す。
「豆腐、ネギ、油揚げに、納豆と鮭、卵。これだけあれば、ひと通りは作れるよね? 米はある?」
「え、はい。でも、あの……」
「最後のお願いは……朝ごはんを作ること。白米と味噌汁だけでもいいから、朝ごはんをちゃんと作って、食べてほしいんだ。誰かのためではなく、自分のために」