溺愛の価値、初恋の値段
◆ ◆ ◆
アラーム音で目が覚めた。
何の匂いもしない、静かな朝。
寝不足気味ではあるけれど、身体の強張りは感じなかった。
気分は……「良い」とは、言えない。
今日の午後、葉月さんと会う。
◆
昨夜、わたしに電話を架けてきた葉月さんは、単刀直入に用件を述べた。
『海音さん。あなたに直接会って、お話ししたいことがあるの。明日の午後、お時間作っていただけないかしら?』
電話の向こうから聞こえる声は、震えているでもなく、尖っているでもなく、落ち着いていた。
初めは、わざわざ会わずとも、いまこの電話で用件を告げればいいのにと思った。
彼女がわたしと話したいことなんて、飛鷹くんのことしか考えられないし、何を話すにしても気分が良くなることはないと想像がつく。
でも、彼女ときちんと会って話すべきではないかと思い直した。
電話の声だけでは、わからないこともある。
「わかりました。葉月さんのご都合に合わせます」
『では、明日の二時……あまり人には知られたくないお話なので、お宅へお伺いしてもよろしいかしら?』
まさか水をかけられるようなことはないだろうけれど、人目を気にしなくていい場所のほうが精神的に楽だ。
「……かまいません」
『では、明日』
◆
身支度を整え、音無さんと約束したとおり、朝ごはんを作り始めることにした。
豆腐とネギ、油揚げのお味噌汁。焼いた白鮭は、お醤油で。卵焼きはだし巻き。納豆には冷凍庫にあったオクラを足した。
「いただきます……」
味は、しない。
けれど、「美味しくない」とは思わない。
食べきれないかもしれないという心配は、杞憂に終わった。
ごはんをおかわりするところまではいかなかったけれど、お腹が満たされて、緊張も少し解れた気がする。