溺愛の価値、初恋の値段

「はい」


モニターで、女性一人であることを確認し、ロックを解除する。


ほどなくして現れたのは、あの夜、飛鷹くんと一緒にいた女性。
高校生の頃より、もっと美しくなった人だった。

艶やかな栗色の髪に女性らしい体つき。
黒目がちの大きな瞳と柔らかそうな唇。
控えめなメイクでも、十分すぎるほど透き通った白い肌。

清楚で、凛とした雰囲気に、シンプルなビジネススーツがよく似合っていた。


「こんにちは」

「急に会いたいだなんて、無理なお願いをしてしまって、ごめんなさい」

「いえ。どうぞ上がってください」

「お邪魔します」


ハイヒールを脱ぎ、きちんと揃えて立ち上がった彼女から、スパイシーで甘い香りが漂ってくる。


「コーヒーでいいですか?」

「ええ。でも、おかまいなく」

「わたしが飲みたいので」


葉月さんは、にっこり笑って頷いた。


「それなら、いただこうかしら」

「お砂糖もミルクもないんですけれど、ブラックでも?」

「ええ」


一度沸かしてあったお湯は、すぐに沸騰する。
コーヒーメーカはないので、ハンドドリップだ。

征二さんに教わったとおりに、じっくりと丁寧にお湯を注ぐ。

部屋に満ちていくコーヒーの香りで、香水の匂いは打ち消された。


「どうぞ」

「いただきます」


ひと口飲んで、葉月さんが微笑んだ。


「とても美味しい。空也が、海音さんは料理が得意だって言っていたけれど、コーヒーを淹れるのもお上手なのね?」

「……ありがとうございます」

「お店を出せるんじゃないかしら。カフェとか、興味はないの?」

「そこまでは。趣味のレベルなので」

「もったいないわよ。お店を開いてくれたら、わたしも空也も毎日通うわ」


さりげなく、飛鷹くんと一緒の未来を描いて見せる葉月さんの思惑に、気づかないほど鈍くはない。

幾度となく、見当違いの敵愾心を向けられてきた経験上、素知らぬフリをすればエスカレートするだけだと知っている。

世間話を延々とするつもりはなかった。


「それで……お話というのは、飛鷹くんのことですよね? それ以外に、思いつかないんですが」


葉月さんの顔から、笑みが消えた。
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