溺愛の価値、初恋の値段


「空也から、海音さんはあまり話すのが得意ではないと伺っていたのだけれど……違うようね? 大人になった、ということかしら」

「十年も経てば、変わるのが普通だと思います」

「そうね。あのキスを見られているから、前置きはいらないわよね? 空也を解放してほしいの」

「……解放?」

「空也は、彼のお母さまがあなたにしたこと、彼があなたに取った態度をとても後悔している。あなたの怪我に、なんの責任もないのに面倒を見ると言い出すくらい、罪悪感を覚えているのよ。でもね。同情を愛情と勘違いしたまま、一緒にいるのは、空也にとってだけでなく、あなたにとってもよくないと思うの」

「…………」


飛鷹くんが、あの日のことを打ち明けるほど、葉月さんと親しいことがショックだった。

わたしは、誰にも話せなかった。

お母さんにはもちろん、京子ママや征二さんにも。雅にも、羽柴先生にも。
飛鷹くんのお母さんから貰った三百万円のこと、そのせいで飛鷹くんと仲違いしてしまったことを話せなかった。

お母さんを温泉に連れて行った時も、お墓を買った時も、祖父母からお金を貰ったのだと嘘を吐いた。


「酷い別れ方をしたから、忘れられないのはわかるの。ただ、いつまでも過去に囚われていては、お互いのためにならないわ」

「それは……」

「空也は、日本でのんびりとあなたの相手をしていられるような立場にない。彼の会社はますます大きくなるでしょうし、そんな彼を支えられるのは、彼に相応しい教養とキャリアを持つ人間だと思うでしょう?」


一方的に突きつけられる現実が、容赦なくわたしの胸に突き刺さった。


「空也は、ああ見えてとても優しいから、あなたが自分から出て行かない限り、追い出すことはしないでしょうね。でも……あなたとの関係は、彼にとってプラスにはならないわ。わたしとの婚約、結婚の話も出ているし」


飛鷹くんの隣に相応しいのは、彼を公私にわたってサポートできる能力がある人間だという葉月さんの言葉は、間違っていない。

飛鷹くんにとって、わたしとの関係が何かの役に立つとは思えないし、むしろマイナスになるかもしれないというのも、当たっている。

でも、飛鷹くん本人から聞いたことを否定して、彼女の言うことがすべて正しいと鵜呑みにするつもりもなかった。


「婚約の事実はないと、飛鷹くんは説明してくれました」


葉月さんは微笑んだ。
憐れむように。


「本当のこと、言いづらかったんじゃないかしら? 確かに、わたしたちは付き合っていたとは言えないかもしれないけれど、身体の関係はあった。ほとんど毎日のように、会っていた。そういうことに興味がある年頃だったし……再会して確認したけれど、やっぱり相性がいいのよね。わたしたち」



くすりと笑う声には、優越感が滲み出ていた。


手にしたカップの黒い液体を見つめ、ぎゅっと唇を噛みしめる。
葉月さんの意図は、わたしを傷つけることだとわかっている。
だから、平然とした顔をしていたいのに、耳を塞ぎたくなるのを堪えるだけで、精一杯だった。


「わたしとしても、あなたにこんな話をするのはとても心苦しいの。いま、あなたは無職だと聞いているし……。だから、少し援助させてくれないかしら?」


「え……?」


< 153 / 175 >

この作品をシェア

pagetop